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      <title>クリスチャン,キリスト教,への警告</title>
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      <description>クリスチャン,キリスト教会,への警告　たとえ話で明らかになる　再臨のキリストを裏切るのは教会だ
　マタイ13:35 これは預言者によって言われたことが、成就するためである、「わたしは口を開いて譬を語り、世の初めから隠されていることを語り出そう」。</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2012</copyright>
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         <title>アモスの預言と５つの幻</title>
         <description><![CDATA[アモス（Amos）は「重荷を負う者」の意味。紀元前8世紀の北イスラエル王国の預言者であり、南ユダ王国のテコア出身である。

第一の幻
<blockquote>アモス7:1主なる神はこのようにわたしに示された。見よ、二番草のはえ出る初めに主は、いなごを造られた。見よ、その二番草は王の刈った後に、はえたものである。 7:2そのいなごが地の青草を食い尽した時、わたしは言った、
「主なる神よ、どうぞ、ゆるしてください。
ヤコブは小さい者です、
どうして立つことができましょう」。
7:3主はこのことについて思いかえされ、
「このことは起さない」と主は言われた。


黙　太陽も空気も暗くなった。 9:3その煙の中から、いなごが地上に出てきたが、地のさそりが持っているような力が、彼らに与えられた。 9:4彼らは、地の草やすべての青草、またすべての木をそこなってはならないが、額に神の印がない人たちには害を加えてもよいと、言い渡された。</blockquote>

</blockquote>

黙示録にイナゴが出てきますから　北イスラエル王国の滅亡の時は思いとどまられましたが
黙示録　最後のときには　成就するかもしれません。

第二の幻
<blockquote>7:4主なる神はこのようにわたしに示された。見よ、主なる神はさばきのために火を呼ばれた。<strong>火は大淵を焼き、また地を焼こうとした。 </strong>7:5その時わたしは言った、
「主なる神よ、どうぞ、やめてください。
ヤコブは小さい者です、
どうして立つことができましょう」。
7:6主はこのことについて思いかえされ

<blockquote>黙9:3その煙の中から、いなごが地上に出てきたが、地のさそりが持っているような力が、彼らに与えられた。彼らは、地の草やすべての青草、またすべての木をそこなってはならないが、額に神の印がない人たちには害を加えてもよいと、言い渡された。 </blockquote>9:5彼らは、人間を殺すことはしないで、五か月のあいだ苦しめることだけが許された。彼らの与える苦痛は、人がさそりにさされる時のような苦痛であった。 9:6その時には、人々は死を求めても与えられず、死にたいと願っても、死は逃げて行くのである。


</blockquote>
 
ここでも主はこのことについて思いかえされていますがここでの　大淵は領土　と　言う意味なのですが　北イスラエルの領土　今であれば教会の　領域と言うような意味です

新約では　畑にいるものは　山に逃げよと　ありますように　最後の時では　焼き尽くされるかもしれません。畑は教会の領域で種をまき育てるところだからです。いばらしか実らなかったら　焼かれる顔知れません

第三の幻
<blockquote>7:7また主はわたしに示された。見よ、<strong>主は測りなわをもって</strong>築いた石がきの上に立ち、その手に測りなわをもっておられた。 7:8そして主はわたしに言われた、「アモスよ、あなたは何を見るか」。「測りなわ」とわたしが答えると、主はまた言われた、
「見よ、わたしは測りなわを
わが民イスラエルの中に置く。
わたしはもはや彼らを見過しにしない。
7:9イサクの高き所は荒され、
イスラエルの聖所は荒れはてる。
わたしはつるぎをもってヤラベアムの家に立ち向かう」。

黙11:1それから、<strong>わたしはつえのような測りざおを与えられて、こう命じられた</strong>、「さあ立って、神の聖所と祭壇と、そこで礼拝している人々とを、測りなさい。 11:2聖所の外の庭はそのままにしておきなさい。それを測ってはならない。そこは異邦人に与えられた所だから。彼らは、四十二か月の間この聖なる都を踏みにじるであろう

</blockquote>

ここでは　測り縄　(下げ振り線，重錘線，錘線)ですから　何がまっすぐなのか　測られようとしておられる　つまり　基準を　立て　裁く　と言われているのではないでしょうか。

第四の幻
<blockquote>8:1主なる神は、このようにわたしに示された。見よ、ひとかごの夏のくだものがある。 8:2主は言われた、「アモスよ、あなたは何を見るか」。わたしは「ひとかごの夏のくだもの」と答えた。すると主はわたしに言われた、
「わが民イスラエルの終りがきた。
わたしは再び彼らを見過しにしない。
8:3その日には宮の歌は嘆きに変り、
しかばねがおびただしく、
人々は無言でこれを至る所に投げ捨てる」と
主なる神は言われる。
8:4あなたがた、貧しい者を踏みつけ、
また国の乏しい者を滅ぼす者よ、
これを聞け。
8:5あなたがたは言う、
「新月はいつ過ぎ去るだろう、
そうしたら、われわれは穀物を売ろう。
安息日はいつ過ぎ去るだろう、
そうしたら、われわれは麦を売り出そう。
われわれはエパを小さくし、シケルを大きくし、
偽りのはかりをもって欺き、
8:6乏しい者を金で買い、
貧しい者をくつ一足で買いとり、
また、くず麦を売ろう」。
8:7主はヤコブの誇をさして誓われた、
「わたしは必ず彼らのすべてのわざを
いつまでも忘れない。
8:8これがために地は震わないであろうか。
地に住む者はみな嘆かないであろうか。
地はみなナイル川のようにわきあがり、
エジプトのナイル川のようにみなぎって、また沈まないであろうか」。
<strong>8:9主なる神は言われる、
「その日には、
わたしは真昼に太陽を沈ませ、
白昼に地を暗くし、</strong>
8:10あなたがたの祭を嘆きに変らせ、
あなたがたの歌をことごとく悲しみの歌に変らせ、
すべての人に荒布を腰にまとわせ、
すべての人に髪をそり落させ、
その日を、ひとり子を失った喪中のようにし、
その終りを、苦い日のようにする」。

6:12小羊が第六の封印を解いた時、わたしが見ていると、大地震が起って、<strong>太陽は毛織の荒布のように黒くなり、月は全面、血のようになり、 6:13天の星は、いちじくのまだ青い実が大風に揺られて振り落されるように、地に落ちた</strong>

</blockquote>
この箇所も恐ろしいですが　ここも黙示録に同じ事が書かれています。

第五の幻

<blockquote>アモス9:1わたしは祭壇のかたわらに立っておられる主を見た。
主は言われた、
「柱の頭を打って、敷居を震わせ、
これを打ち砕いて、
すべての民の頭の上に落ちかからせよ。
その残った者を、わたしはつるぎで殺し、
そのひとりも逃げおおす者はなく、
のがれうる者はない。
9:2たとい彼らは陰府に掘り下っても、
わたしの手はこれをそこから引き出す。
<em>たとい彼らは天によじのぼっても、
わたしはそこからこれを引きおろす</em>。
9:3たとい彼らはカルメルの頂に隠れても、
わたしはこれを捜して、そこから引き出す。
たとい彼らはわたしの目をのがれて、
海の底に隠れても、
わたしはへびに命じて、その所でこれをかませる。


1:4たといあなたは、わしのように高くあがり、
<blockquote>星の間に巣を設けても、
わたしはそこからあなたを引きおろすと</blockquote>
主は言われる。

</blockquote>
天に昇っても引きおろす　と言われています　。　主の道からそれたものは　天　神の領域　神の民の住むところ　から　引きおろされるのです。主の大変な怒り　であることが　わかります。

救いがあるから　大丈夫と思うのはどうでしょうか？

御言葉を軽んじてはなりません　愚かなものとして　聖書では　どうかかれているのか　読めば気づき

ます　又それで大丈夫かどうかは　私たちが決めるものでもなく　主がお決めになるからです。



<blockquote>主なる神は言われる。
8:4あなたがた、
貧しい者を踏みつけ、また国の乏しい者　　　　　　　　　　　　　　　←御言葉を良く知らない人たち
を滅ぼす者よ、
これを聞け。
8:5あなたがたは言う、
「新月はいつ過ぎ去るだろう、
そうしたら、われわれは穀物を売ろう。　　　　　　　←穀物　は　糧　御言葉のこと
安息日はいつ過ぎ去るだろう、
そうしたら、われわれは麦を売り出そう。　　　　　　←麦　も　糧　御言葉のこと
われわれはエパを小さくし、シケルを大きくし、
偽りのはかりをもって欺き、　　　　　　　　　　　←御言葉を偽ること　高値で　御言葉　神の言葉を売る

8:6乏しい者を金で買い、
貧しい者をくつ一足で買いとり、　　　←靴を履くと地　この世と分離される贖いだと言い買い取られる
また、くず麦を売ろう」。　　　　　　←生きる糧ではない　うその御言葉を　売りつける
</blockquote>

みなさん　誰の　事か　良く考えてみれば　わかるはずです。

















　









]]></description>
         <link>http://www.637200.net/2012/01/post_165.html</link>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">鹿男のメッセージ</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 31 Jan 2012 02:17:48 +0900</pubDate>
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      <item>
         <title>求めよ、そうすれば、与えられるであろう</title>
         <description><![CDATA[聖書　ヨハネ15章
 
<blockquote>ヨハ
 15:1 わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。
 15:2 わたしにつながっている枝で実を結ばないものは、父がすべてこれをとりのぞき、実を結ぶものは、もっと豊かに実らせるために、手入れしてこれをきれいになさるのである。
 15:3 あなたがたは、わたしが語った言葉によって既にきよくされている。
 15:4 わたしにつながっていなさい。そうすれば、わたしはあなたがたとつながっていよう。枝がぶどうの木につながっていなければ、自分だけでは実を結ぶことができないように、あなたがたもわたしにつながっていなければ実を結ぶことができない。
 15:5 わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである。
 15:6 人がわたしにつながっていないならば、枝のように外に投げすてられて枯れる。人々はそれをかき集め、火に投げ入れて、焼いてしまうのである。
 15:7 あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたにとどまっているならば、なんでも望むものを求めるがよい。そうすれば、与えられるであろう。
 15:8 あなたがたが実を豊かに結び、そしてわたしの弟子となるならば、それによって、わたしの父は栄光をお受けになるであろう。
 15:9 父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛したのである。わたしの愛のうちにいなさい。
 15:10 もしわたしのいましめを守るならば、あなたがたはわたしの愛のうちにおるのである。それはわたしがわたしの父のいましめを守ったので、その愛のうちにおるのと同じである。
 15:11 わたしがこれらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたのうちにも宿るため、また、あなたがたの喜びが満ちあふれるためである。
 15:12 わたしのいましめは、これである。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互に愛し合いなさい。
 15:13 人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない。
 15:14 あなたがたにわたしが命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。
 15:15 わたしはもう、あなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人のしていることを知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼んだ。わたしの父から聞いたことを皆、あなたがたに知らせたからである。
 15:16 あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだのである。そして、あなたがたを立てた。それは、あなたがたが行って実をむすび、その実がいつまでも残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものはなんでも、父が与えて下さるためである。
 15:17 これらのことを命じるのは、あなたがたが互に愛し合うためである。
 15:18 もしこの世があなたがたを憎むならば、あなたがたよりも先にわたしを憎んだことを、知っておくがよい。
 15:19 もしあなたがたがこの世から出たものであったなら、この世は、あなたがたを自分のものとして愛したであろう。しかし、あなたがたはこの世のものではない。かえって、わたしがあなたがたをこの世から選び出したのである。だから、この世はあなたがたを憎むのである。
 15:20 わたしがあなたがたに『僕はその主人にまさるものではない』と言ったことを、おぼえていなさい。もし人々がわたしを迫害したなら、あなたがたをも迫害するであろう。また、もし彼らがわたしの言葉を守っていたなら、あなたがたの言葉をも守るであろう。
 15:21 彼らはわたしの名のゆえに、あなたがたに対してすべてそれらのことをするであろう。それは、わたしをつかわされたかたを彼らが知らないからである。
 15:22 もしわたしがきて彼らに語らなかったならば、彼らは罪を犯さないですんだであろう。しかし今となっては、彼らには、その罪について言いのがれる道がない。
 15:23 わたしを憎む者は、わたしの父をも憎む。
 15:24 もし、ほかのだれもがしなかったようなわざを、わたしが彼らの間でしなかったならば、彼らは罪を犯さないですんだであろう。しかし事実、彼らはわたしとわたしの父とを見て、憎んだのである。
 15:25 それは、『彼らは理由なしにわたしを憎んだ』と書いてある彼らの律法の言葉が成就するためである。
 15:26 わたしが父のみもとからあなたがたにつかわそうとしている助け主、すなわち、父のみもとから来る真理の御霊が下る時、それはわたしについてあかしをするであろう。
 15:27 あなたがたも、初めからわたしと一緒にいたのであるから、あかしをするのである。</blockquote>
 
「求めよ、そうすれば、与えられるであろう」この御言葉を最近は未信者でさえも都合よく用いたりしますが、神は人間の欲望を満たす為にこの様な聖句を与えたのでしょうか。
もちろん違います。本文の7節から読んでみましょう。
<blockquote>
15:7 あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたにとどまっているならば、なんでも望むものを求めるがよい。そうすれば、与えられるであろう。
 15:8 あなたがたが実を豊かに結び、そしてわたしの弟子となるならば、それによって、わたしの父は栄光をお受けになるであろう。
 15:9 父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛したのである。わたしの愛のうちにいなさい。
 15:10 もしわたしのいましめを守るならば、あなたがたはわたしの愛のうちにおるのである。それはわたしがわたしの父のいましめを守ったので、その愛のうちにおるのと同じである。</blockquote>
 
主から与えられるものと悪しきものから与えられるものとでは全く違います。
神からのものは永遠の命に至りますが、悪しき者からのものは一時的には良く見えても滅びに至らせるものです。ですから悪しきものに跪く代わりに地位、名声、物質を手に入れる人は大勢いるのです。世のもので満足するならそれで良いでしょう。今は良くても確実に滅びが待っています。
しかし、主を信じるものは、主につながり、主（御言葉）に従い、主に求めるのです。
また、主はこのように語られましたよ。
「ただ、御国を求めなさい。そうすれば、これらのものは添えて与えられるであろう。」
　今みなさんは何を主に祈りますか。主はこの様に祈れとおっしゃっています。
<blockquote>ルカ
11:1 また、イエスはある所で祈っておられたが、それが終ったとき、弟子のひとりが言った、「主よ、ヨハネがその弟子たちに教えたように、わたしたちにも祈ることを教えてください」。
 11:2 そこで彼らに言われた、「祈るときには、こう言いなさい、『父よ、御名があがめられますように。御国がきますように。
 11:3 わたしたちの日ごとの食物を、日々お与えください。
 11:4 わたしたちに負債のある者を皆ゆるしますから、わたしたちの罪をもおゆるしください。わたしたちを試みに会わせないでください』」。</blockquote>
 
主は求めることの重要さを何度も語っていらっしゃいますが、それは我々人間がどれだけ愚かであるかを主は御存じなのです。
主イエスを信じれば救われます。しかし軽く考え、好き放題に御言葉に従わずに生きている人はこの聖句を誤解しているのです。救いは軽いものではありません。与えられたものを手放してはならないのです。
日々主を求めていますか。なんだか信仰が昔よりぬるくなったなというなら大変な事です。
主を信じたなら、御言葉に日々従うなら、主を知れば知る程ますます主を求めるでしょう。
そして、本当に大事なものが日々与えられている事に気付くはずです。
 
<blockquote>ルカ
 11:9 そこでわたしはあなたがたに言う。求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。
 11:10 すべて求める者は得、捜す者は見いだし、門をたたく者はあけてもらえるからである。
 11:11 あなたがたのうちで、父であるものは、その子が魚を求めるのに、魚の代りにへびを与えるだろうか。
 11:12 卵を求めるのに、さそりを与えるだろうか。
 11:13 このように、あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には、良い贈り物をすることを知っているとすれば、天の父はなおさら、求めて来る者に聖霊を下さらないことがあろうか」。</blockquote>
 
最近は様々な事があって不安なことも多いかと思いますが、主に信頼してください。
主につながり、御言葉に留まるものを神は放っておかれません。
 
<blockquote>マタ
 6:31 だから、何を食べようか、何を飲もうか、あるいは何を着ようかと言って思いわずらうな。
 6:32 これらのものはみな、異邦人が切に求めているものである。あなたがたの天の父は、これらのものが、ことごとくあなたがたに必要であることをご存じである。
 6:33 まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。</blockquote>
 
しかし、主を信じる者にも様々な人がいます。以下の御言葉が該当するならば、悔い改め、主にただ従って歩まなければなりません。特に「世を友とする誘惑」に負けてはいけません。知らずに陥るならもっと危険です。祈って目を覚ましていましょう。
主は滅びではなく救われる事を望んでいらっしゃるのですから。
 
<blockquote>ヤコブ
4:2 あなたがたは、むさぼるが得られない。そこで人殺しをする。熱望するが手に入れることができない。そこで争い戦う。あなたがたは、求めないから得られないのだ。
 4:3 求めても与えられないのは、快楽のために使おうとして、悪い求め方をするからだ。
 4:4 不貞のやからよ。世を友とするのは、神への敵対であることを、知らないか。おおよそ世の友となろうと思う者は、自らを神の敵とするのである。
 4:5 それとも、「神は、わたしたちの内に住まわせた霊を、ねたむほどに愛しておられる」と聖書に書いてあるのは、むなしい言葉だと思うのか。
 4:6 しかし神は、いや増しに恵みを賜う。であるから、「神は高ぶる者をしりぞけ、へりくだる者に恵みを賜う」とある。
 4:7 そういうわけだから、神に従いなさい。そして、悪魔に立ちむかいなさい。そうすれば、彼はあなたがたから逃げ去るであろう。
4:8 神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいて下さるであろう。罪人どもよ、手をきよめよ。二心の者どもよ、心を清くせよ。</blockquote>]]></description>
         <link>http://www.637200.net/2012/01/post_164.html</link>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">麗鳴(うらなり)　さんの　メッセージ</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 23 Jan 2012 20:02:14 +0900</pubDate>
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      <item>
         <title>神の御手</title>
         <description><![CDATA[聖書　Ⅰペテロ5章
<blockquote>一ペテ
 5:1 そこで、あなたがたのうちの長老たちに勧める。わたしも、長老のひとりで、キリストの苦難についての証人であり、また、やがて現れようとする栄光にあずかる者である。
 5:2 あなたがたにゆだねられている神の羊の群れを牧しなさい。しいられてするのではなく、神に従って自ら進んでなし、恥ずべき利得のためではなく、本心から、それをしなさい。
 5:3 また、ゆだねられた者たちの上に権力をふるうことをしないで、むしろ、群れの模範となるべきである。
 5:4 そうすれば、大牧者が現れる時には、しぼむことのない栄光の冠を受けるであろう。
 5:5 同じように、若い人たちよ。長老たちに従いなさい。また、みな互に謙遜を身につけなさい。神は高ぶる者をしりぞけ、へりくだる者に恵みを賜うからである。
 5:6 だから、あなたがたは、神の力強い御手の下に、自らを低くしなさい。時が来れば神はあなたがたを高くして下さるであろう。
 5:7 神はあなたがたをかえりみていて下さるのであるから、自分の思いわずらいを、いっさい神にゆだねるがよい。
 5:8 身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたけるししのように、食いつくすべきものを求めて歩き回っている。
 5:9 この悪魔にむかい、信仰にかたく立って、抵抗しなさい。あなたがたのよく知っているとおり、全世界にいるあなたがたの兄弟たちも、同じような苦しみの数々に会っているのである。
 5:10 あなたがたをキリストにある永遠の栄光に招き入れて下さったあふるる恵みの神は、しばらくの苦しみの後、あなたがたをいやし、強め、力づけ、不動のものとして下さるであろう。
 5:11 どうか、力が世々限りなく、神にあるように、アァメン。
 5:12 わたしは、忠実な兄弟として信頼しているシルワノの手によって、この短い手紙をあなたがたにおくり、勧めをし、また、これが神のまことの恵みであることをあかしした。この恵みのうちに、かたく立っていなさい。
 5:13 あなたがたと共に選ばれてバビロンにある教会、ならびに、わたしの子マルコから、あなたがたによろしく。
 5:14 愛の接吻をもって互にあいさつをかわしなさい。キリストにあるあなたがた一同に、平安があるように。
 </blockquote>
神の力強い御手の下に、自らを低くし、神にゆだね歩んでゆかねばなりません。
また、身を慎み、目をさましていなければなりません。
人に従うのではなく主に従わなければなりません。
神に従わない牧者に騙されてはなりません。「あなたがたの敵である悪魔が、ほえたけるししのように、食いつくすべきものを求めて歩き回っている。この悪魔にむかい、信仰にかたく立って、抵抗しなさい。」と書かれているように、目を覚ましていないなら敵の存在さえもわからないでしょう。だから、目をしっかり覚ましていて下さい。もし自分自身が高慢であるなら神に守られる事もありませんし、道を誤ってしまうでしょう。
しっかり知っておかなければならないのは、世の中の価値観とは全く違うものであるという事です。言い換えるなら世の中の与えた価値観に染まってしまっているなら、あなたがいくら知識人であっても、神が語られていることが簡単な事さえも理解できないのです。自らを低くし、主により頼まなければなりません。
 
<blockquote>イザ
 59:1 見よ、主の手が短くて、救い得ないのではない。その耳が鈍くて聞き得ないのでもない。
 59:2 ただ、あなたがたの不義が／あなたがたと、あなたがたの神との間を隔てたのだ。またあなたがたの罪が／主の顔をおおったために、お聞きにならないのだ。
 59:3 あなたがたの手は血で汚れ、あなたがたの指は不義で汚れ、あなたがたのくちびるは偽りを語り、あなたがたの舌は悪をささやき、
 59:4 ひとりも正義をもって訴え、真実をもって論争する者がない。彼らはむなしきことを頼み、偽りを語り、害悪をはらみ、不義を産む。
 59:5 彼らはまむしの卵をかえし、くもの巣を織る。その卵を食べる者は死ぬ。卵が踏まれると破れて毒蛇を出す。
 59:6 その織る物は着物とならない。その造る物をもって身をおおうことができない。彼のわざは不義のわざであり、彼らの手には暴虐の行いがある。
 59:7 彼らの足は悪に走り、罪のない血を流すことに速い。彼らの思いは不義の思いであり、荒廃と滅亡とがその道にある。
 59:8 彼らは平和の道を知らず、その行く道には公平がない。彼らはその道を曲げた。すべてこれを歩む者は平和を知らない。
 59:9 それゆえ、公平は遠くわれわれを離れ、正義はわれわれに追いつかない。われわれは光を望んでも、暗きを見、輝きを望んでも、やみを行く。
 59:10 われわれは盲人のように、かきを手さぐりゆき、目のない者のように手さぐりゆき、真昼でも、たそがれのようにつまずき、強壮な者の中にあっても死人のようだ。
 59:11 われわれは皆くまのようにほえ、はとのようにいたくうめき、公平を望んでも、きたらず、救を望んでも、遠くわれわれを離れ去る。
 59:12 われわれのとがは、あなたの前に多く、罪は、われわれを訴えて、あかしをなし、とがは、われわれと共にあり、不義は、われわれがこれを知る。
 59:13 われわれは、そむいて主をいなみ、退いて、われわれの神に従わず、しえたげと、そむきとを語り、偽りの言葉を心にはらんで、それを言いあらわす。
 59:14 公平はうしろに退けられ、正義ははるかに立つ。それは、真実は広場に倒れ、正直は、はいることができないからである。
 59:15 真実は欠けてなく、悪を離れる者はかすめ奪われる。主はこれを見て、公平がなかったことを喜ばれなかった。
 59:16 主は人のないのを見られ、仲に立つ者のないのをあやしまれた。それゆえ、ご自分のかいなをもって、勝利を得、その義をもって、おのれをささえられた。
 59:17 主は義を胸当としてまとい、救のかぶとをその頭にいただき、報復の衣をまとって着物とし、熱心を外套として身を包まれた。
 59:18 主は彼らの行いにしたがって報いをなし、あだにむかって怒り、敵にむかって報いをなし、海沿いの国々にむかって報いをされる。
 59:19 こうして、人々は西の方から主の名を恐れ、日の出る方からその栄光を恐れる。主は、せき止めた川を、そのいぶきで押し流すように、こられるからである。
 59:20 主は言われる、「主は、あがなう者としてシオンにきたり、ヤコブのうちの、とがを離れる者に至る」と。
 59:21 主は言われる、「わたしが彼らと立てる契約はこれである。あなたの上にあるわが霊、あなたの口においたわが言葉は、今から後とこしえに、あなたの口から、あなたの子らの口から、あなたの子らの子の口から離れることはない」と。
 </blockquote>
我々が誰の手の下に所属しているのか、昼（光）の者なのか夜（闇）の者なのか
明らかになる時が来ます。「主の手は短かろうか。あなたは、いま、わたしの言葉の成るかどうかを見るであろう」。とあるように御言葉は成就します。
 
<blockquote>エペ
6:10 最後に言う。主にあって、その偉大な力によって、強くなりなさい。
 6:11 悪魔の策略に対抗して立ちうるために、神の武具で身を固めなさい。
 6:12 わたしたちの戦いは、血肉に対するものではなく、もろもろの支配と、権威と、やみの世の主権者、また天上にいる悪の霊に対する戦いである。
 6:13 それだから、悪しき日にあたって、よく抵抗し、完全に勝ち抜いて、堅く立ちうるために、神の武具を身につけなさい。
 6:14 すなわち、立って真理の帯を腰にしめ、正義の胸当を胸につけ、
 6:15 平和の福音の備えを足にはき、
 6:16 その上に、信仰のたてを手に取りなさい。それをもって、悪しき者の放つ火の矢を消すことができるであろう。
 6:17 また、救のかぶとをかぶり、御霊の剣、すなわち、神の言を取りなさい。
 6:18 絶えず祈と願いをし、どんな時でも御霊によって祈り、そのために目をさましてうむことがなく、すべての聖徒のために祈りつづけなさい。
 
一テサ
 5:1 兄弟たちよ。その時期と場合とについては、書きおくる必要はない。
 5:2 あなたがた自身がよく知っているとおり、主の日は盗人が夜くるように来る。
 5:3 人々が平和だ無事だと言っているその矢先に、ちょうど妊婦に産みの苦しみが臨むように、突如として滅びが彼らをおそって来る。そして、それからのがれることは決してできない。
 5:4 しかし兄弟たちよ。あなたがたは暗やみの中にいないのだから、その日が、盗人のようにあなたがたを不意に襲うことはないであろう。
 5:5 あなたがたはみな光の子であり、昼の子なのである。わたしたちは、夜の者でもやみの者でもない。
 5:6 だから、ほかの人々のように眠っていないで、目をさまして慎んでいよう。
 5:7 眠る者は夜眠り、酔う者は夜酔うのである。
 5:8 しかし、わたしたちは昼の者なのだから、信仰と愛との胸当を身につけ、救の望みのかぶとをかぶって、慎んでいよう。
 5:9 神は、わたしたちを怒りにあわせるように定められたのではなく、わたしたちの主イエス・キリストによって救を得るように定められたのである。
 5:10 キリストがわたしたちのために死なれたのは、さめていても眠っていても、わたしたちが主と共に生きるためである。
 </blockquote>
以上のエペソとⅠテサロニケでは似通ってはいますが重要な事がそれぞれ書かれています。
今、悪しき者達が特に働いている時ですから注意して、
真実に主を信じて従ってゆきましょう。
エズ
「われわれの神の手は、神を求めるすべての者の上にやさしく下り、その威力と怒りとはすべて神を捨てる者の上に下る」
この御言葉は未信者の事ではありません。
今、主の御手の中に生きているでしょうか。
目を覚ましていないなら「違う者の手の下にいた」ということもあり得るのです。
目を覚まして祈り、主の御心に歩んでいるでしょうか。
神は侮られるお方ではありません。
御言葉を軽んじるなら、自分の（世の中の）考えを信仰に持ち込むなら同じ事です。
日々主に取り扱っていただきながら悔い改める所は悔い改め、
主の御手の中で歩んでゆきましょう。
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">麗鳴(うらなり)　さんの　メッセージ</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 15 Jan 2012 05:07:33 +0900</pubDate>
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      <item>
         <title>「主に感謝せよ」</title>
         <description><![CDATA[
<blockquote>聖書　詩篇１１８
詩
 118:1 主に感謝せよ、主は恵みふかく、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
 118:2 イスラエルは言え、「そのいつくしみはとこしえに絶えることがない」と。
 118:3 アロンの家は言え、「そのいつくしみはとこしえに絶えることがない」と。
 118:4 主をおそれる者は言え、「そのいつくしみはとこしえに絶えることがない」と。
 118:5 わたしが悩みのなかから主を呼ぶと、主は答えて、わたしを広い所に置かれた。
 118:6 主がわたしに味方されるので、恐れることはない。人はわたしに何をなし得ようか。
 118:7 主はわたしに味方し、わたしを助けられるので、わたしを憎む者についての願いを見るであろう。
 118:8 主に寄り頼むは人にたよるよりも良い。
 118:9 主に寄り頼むはもろもろの君にたよるよりも良い。
 118:10 もろもろの国民はわたしを囲んだ。わたしは主のみ名によって彼らを滅ぼす。
 118:11 彼らはわたしを囲んだ、わたしを囲んだ。わたしは主のみ名によって彼らを滅ぼす。
 118:12 彼らは蜂のようにわたしを囲み、いばらの火のように燃えたった。わたしは主のみ名によって彼らを滅ぼす。
 118:13 わたしはひどく押されて倒れようとしたが、主はわたしを助けられた。
 118:14 主はわが力、わが歌であって、わが救となられた。
 118:15 聞け、勝利の喜ばしい歌が正しい者の天幕にある。「主の右の手は勇ましいはたらきをなし、
 118:16 主の右の手は高くあがり、主の右の手は勇ましいはたらきをなす」。
 118:17 わたしは死ぬことなく、生きながらえて、主のみわざを物語るであろう。
 118:18 主はいたくわたしを懲らされたが、死にはわたされなかった。
 118:19 わたしのために義の門を開け、わたしはその内にはいって、主に感謝しよう。
 118:20 これは主の門である。正しい者はその内にはいるであろう。
 118:21 わたしはあなたに感謝します。あなたがわたしに答えて、わが救となられたことを。
 118:22 家造りらの捨てた石は／隅のかしら石となった。
 118:23 これは主のなされた事で／われらの目には驚くべき事である。
 118:24 これは主が設けられた日であって、われらはこの日に喜び楽しむであろう。
 118:25 主よ、どうぞわれらをお救いください。主よ、どうぞわれらを栄えさせてください。
 118:26 主のみ名によってはいる者はさいわいである。われらは主の家からあなたをたたえます。
 118:27 主は神であって、われらを照された。枝を携えて祭の行列を祭壇の角にまで進ませよ。
 118:28 あなたはわが神、わたしはあなたに感謝します。あなたはわが神、わたしはあなたをあがめます。
 118:29 主に感謝せよ、主は恵みふかく、そのいつくしみはとこしえに／絶えることがない。
 </blockquote>
何故クリスチャンに主をほめたたえよと語られているのでしょうか。
今日は聖書箇所のみですが、良く読んで味わい、悟りましょう。
御言葉を悟れば主への感謝が満ち溢れるでしょう。
2012年が始まりました。主を愛し、聞き従い、主に感謝をささげましょう！
 
<blockquote>詩
111:1 主をほめたたえよ。わたしは正しい者のつどい、および公会で、心をつくして主に感謝する。
 111:2 主のみわざは偉大である。すべてそのみわざを喜ぶ者によって尋ね窮められる。
 111:3 そのみわざは栄光と威厳とに満ち、その義はとこしえに、うせることがない。
 111:4 主はそのくすしきみわざを記念させられた。主は恵みふかく、あわれみに満ちていられる。
 111:5 主はおのれを恐れる者に食物を与え、その契約をとこしえに心にとめられる。
 111:6 主はもろもろの国民の所領をその民に与えて、みわざの力をこれにあらわされた。
 111:7 そのみ手のわざは真実かつ公正であり、すべてのさとしは確かである。
 111:8 これらは世々かぎりなく堅く立ち、真実と正直とをもってなされた。
 111:9 主はその民にあがないを施し、その契約をとこしえに立てられた。そのみ名は聖にして、おそれおおい。
 111:10 主を恐れることは知恵のはじめである。これを行う者はみな良き悟りを得る。主の誉は、とこしえに、うせることはない。
 
歴代上
16:8 主に感謝し、そのみ名を呼び、／そのみわざをもろもろの民の中に知らせよ。
 16:9 主にむかって歌え、主をほめ歌え。そのもろもろのくすしきみわざを語れ。
 16:10 その聖なるみ名を誇れ。どうか主を求める者の心が喜ぶように。
 16:11 主とそのみ力とを求めよ。つねにそのみ顔をたずねよ。
 16:12 そのしもべアブラハムのすえよ、／その選ばれたヤコブの子らよ。主のなされたくすしきみわざと、その奇跡と、／そのみ口のさばきとを心にとめよ。
 16:14 彼はわれわれの神、主にいます。そのさばきは全地にある。
 
詩
 136:1 主に感謝せよ、主は恵みふかく、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
 136:2 もろもろの神の神に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
 136:3 もろもろの主の主に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
 136:4 ただひとり大いなるくすしきみわざを／なされる者に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
 136:5 知恵をもって天を造られた者に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
 136:6 地を水の上に敷かれた者に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
 136:7 大いなる光を造られた者に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
 136:8 昼をつかさどらすために日を造られた者に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
 136:9 夜をつかさどらすために月と、もろもろの星とを造られた者に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
 136:10 エジプトのういごを撃たれた者に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
 136:11 イスラエルをエジプトびとの中から／導き出された者に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
 136:12 強い手と伸ばした腕とをもって、これを救い出された者に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
 136:13 紅海を二つに分けられた者に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
 136:14 イスラエルにその中を通らせられた者に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
 136:15 パロとその軍勢とを紅海で／打ち敗られた者に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
 136:16 その民を導いて荒野を通らせられた者に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
 136:17 大いなる王たちを撃たれた者に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
 136:18 名ある王たちを殺された者に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
 136:19 アモリびとの王シホンを殺された者に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
 136:20 バシャンの王オグを殺された者に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
 136:21 彼らの地を嗣業として与えられた者に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
 136:22 そのしもべイスラエルに嗣業として／これを与えられた者に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
 136:23 われらが卑しかった時に／われらをみこころにとめられた者に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
 136:24 われらのあだからわれらを／助け出された者に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
 136:25 すべての肉なる者に食物を与えられる者に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
 136:26 天の神に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
 
イザ
 12:1 その日あなたは言う、「主よ、わたしはあなたに感謝します。あなたは、さきにわたしにむかって怒られたが、その怒りはやんで、わたしを慰められたからです。
 12:2 見よ、神はわが救である。わたしは信頼して恐れることはない。主なる神はわが力、わが歌であり、わが救となられたからである」。
 12:3 あなたがたは喜びをもって、救の井戸から水をくむ。
 12:4 その日、あなたがたは言う、「主に感謝せよ。そのみ名を呼べ。そのみわざをもろもろの民の中につたえよ。そのみ名のあがむべきことを語りつげよ。
 12:5 主をほめうたえ。主はそのみわざを、みごとになし遂げられたから。これを全地に宣べ伝えよ。
 12:6 シオンに住む者よ、声をあげて、喜びうたえ。イスラエルの聖者はあなたがたのうちで／大いなる者だから」。
 
詩
安息日の歌、さんび
 92:1 いと高き者よ、主に感謝し、み名をほめたたえるのは、よいことです。
 92:2 あしたに、あなたのいつくしみをあらわし、夜な夜な、あなたのまことをあらわすために、
 92:3 十弦の楽器と立琴を用い、琴のたえなる調べを用いるのは、よいことです。
 92:4 主よ、あなたはみわざをもって／わたしを楽しませられました。わたしはあなたのみ手のわざを喜び歌います。
 92:5 主よ、あなたのみわざは／いかに大いなることでしょう。あなたのもろもろの思いは、いとも深く、
 92:6 鈍い者は知ることができず、愚かな者はこれを悟ることができません。
 92:7 たとい、悪しき者は草のようにもえいで、不義を行う者はことごとく栄えても、彼らはとこしえに滅びに定められているのです。
 92:8 しかし、主よ、あなたはとこしえに／高き所にいらせられます。
 92:9 主よ、あなたの敵、あなたの敵は滅び、不義を行う者はことごとく散らされるでしょう。
 92:10 しかし、あなたはわたしの角を／野牛の角のように高くあげ、新しい油をわたしに注がれました。
 92:11 わたしの目はわが敵の没落を見、わたしの耳はわたしを攻める悪者どもの／破滅を聞きました。
 92:12 正しい者はなつめやしの木のように栄え、レバノンの香柏のように育ちます。
 92:13 彼らは主の家に植えられ、われらの神の大庭に栄えます。
 92:14 彼らは年老いてなお実を結び、いつも生気に満ち、青々として、
 92:15 主の正しいことを示すでしょう。主はわが岩です。主には少しの不義もありません。
 
詩
感謝の供え物のための歌
 100:1 全地よ、主にむかって喜ばしき声をあげよ。
 100:2 喜びをもって主に仕えよ。歌いつつ、そのみ前にきたれ。
 100:3 主こそ神であることを知れ。われらを造られたものは主であって、われらは主のものである。われらはその民、その牧の羊である。
 100:4 感謝しつつ、その門に入り、ほめたたえつつ、その大庭に入れ。主に感謝し、そのみ名をほめまつれ。
 100:5 主は恵みふかく、そのいつくしみはかぎりなく、そのまことはよろず代に及ぶからである。
 
詩
 107:1 「主に感謝せよ、主は恵みふかく、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない」と、
 107:2 主にあがなわれた者は言え。主は彼らを悩みからあがない、
 107:3 もろもろの国から、東、西、北、南から彼らを集められた。
 107:4 彼らは人なき荒野にさまよい、住むべき町にいたる道を見いださなかった。
 107:5 彼らは飢え、またかわき、その魂は彼らのうちに衰えた。
 107:6 彼らはその悩みのうちに主に呼ばわったので、主は彼らをその悩みから助け出し、
 107:7 住むべき町に行き着くまで、まっすぐな道に導かれた。
 107:8 どうか、彼らが主のいつくしみと、人の子らになされたくすしきみわざとのために、主に感謝するように。
 107:9 主はかわいた魂を満ち足らせ、飢えた魂を良き物で満たされるからである。
 107:10 暗黒と深いやみの中にいる者、苦しみと、くろがねに縛られた者、
 107:11 彼らは神の言葉にそむき、いと高き者の勧めを軽んじたので、
 107:12 主は重い労働をもって彼らの心を低くされた。彼らはつまずき倒れても、助ける者がなかった。
 107:13 彼らはその悩みのうちに主に呼ばわったので、主は彼らをその悩みから救い、
 107:14 暗黒と深いやみから彼らを導き出して、そのかせをこわされた。
 107:15 どうか、彼らが主のいつくしみと、人の子らになされたくすしきみわざとのために、主に感謝するように。
 107:16 主は青銅のとびらをこわし、鉄の貫の木を断ち切られたからである。
 107:17 ある者はその罪に汚れた行いによって病み、その不義のゆえに悩んだ。
 107:18 彼らはすべての食物をきらって、死の門に近づいた。
 107:19 彼らはその悩みのうちに主に呼ばわったので、主は彼らをその悩みから救い、
 107:20 そのみ言葉をつかわして、彼らをいやし、彼らを滅びから助け出された。
 107:21 どうか、彼らが主のいつくしみと、人の子らになされたくすしきみわざとのために、主に感謝するように。
 107:22 彼らが感謝のいけにえをささげ、喜びの歌をもって、そのみわざを言いあらわすように。
 107:23 舟で海にくだり、大海で商売をする者は、
 107:24 主のみわざを見、また深い所でそのくすしきみわざを見た。
 107:25 主が命じられると暴風が起って、海の波をあげた。
 107:26 彼らは天にのぼり、淵にくだり、悩みによってその勇気は溶け去り、
 107:27 酔った人のようによろめき、よろめいて途方にくれる。
 107:28 彼らはその悩みのうちに主に呼ばわったので、主は彼らをその悩みから救い出された。
 107:29 主があらしを静められると、海の波は穏やかになった。
 107:30 こうして彼らは波の静まったのを喜び、主は彼らをその望む港へ導かれた。
 107:31 どうか、彼らが主のいつくしみと、人の子らになされたくすしきみわざとのために、主に感謝するように。
 107:32 彼らが民の集会で主をあがめ、長老の会合で主をほめたたえるように。
 107:33 主は川を野に変らせ、泉をかわいた地に変らせ、
 107:34 肥えた地をそれに住む者の悪のゆえに塩地に変らせられる。
 107:35 主は野を池に変らせ、かわいた地を泉に変らせ、
 107:36 飢えた者をそこに住まわせられる。こうして彼らはその住むべき町を建て、
 107:37 畑に種をまき、ぶどう畑を設けて／多くの収穫を得た。
 107:38 主が彼らを祝福されたので彼らは大いにふえ、その家畜の減るのをゆるされなかった。
 107:39 彼らがしえたげと、悩みと、悲しみとによって／減り、かつ卑しめられたとき、
 107:40 主はもろもろの君に侮りをそそぎ、道なき荒れ地にさまよわせられた。
 107:41 しかし主は貧しい者を悩みのうちからあげて、その家族を羊の群れのようにされた。
 107:42 正しい者はこれを見て喜び、もろもろの不義はその口を閉じた。
 107:43 すべて賢い者はこれらの事に心をよせ、主のいつくしみをさとるようにせよ。</blockquote>]]></description>
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         <pubDate>Mon, 09 Jan 2012 19:12:11 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>風習による汚れ</title>
         <description><![CDATA[聖書　二コリント 11章
<blockquote>二コリ
 11:1 わたしが少しばかり愚かなことを言うのを、どうか、忍んでほしい。もちろん忍んでくれるのだ。
 11:2 わたしは神の熱情をもって、あなたがたを熱愛している。あなたがたを、きよいおとめとして、ただひとり男子キリストにささげるために、婚約させたのである。
 11:3 ただ恐れるのは、エバがへびの悪巧みで誘惑されたように、あなたがたの思いが汚されて、キリストに対する純情と貞操とを失いはしないかということである。
 11:4 というのは、もしある人がきて、わたしたちが宣べ伝えもしなかったような異なるイエスを宣べ伝え、あるいは、あなたがたが受けたことのない違った霊を受け、あるいは、受けいれたことのない違った福音を聞く場合に、あなたがたはよくもそれを忍んでいる。
 11:5 事実、わたしは、あの大使徒たちにいささかも劣ってはいないと思う。
 11:6 たとい弁舌はつたなくても、知識はそうでない。わたしは、事ごとに、いろいろの場合に、あなたがたに対してそれを明らかにした。
 11:7 それとも、あなたがたを高めるために自分を低くして、神の福音を価なしにあなたがたに宣べ伝えたことが、罪になるのだろうか。
 11:8 わたしは他の諸教会をかすめたと言われながら得た金で、あなたがたに奉仕し、
 11:9 あなたがたの所にいて貧乏をした時にも、だれにも負担をかけたことはなかった。わたしの欠乏は、マケドニヤからきた兄弟たちが、補ってくれた。こうして、わたしはすべての事につき、あなたがたに重荷を負わせまいと努めてきたし、今後も努めよう。
 11:10 わたしの内にあるキリストの真実にかけて言う、この誇がアカヤ地方で封じられるようなことは、決してない。
 11:11 なぜであるか。わたしがあなたがたを愛していないからか。それは、神がご存じである。
 11:12 しかし、わたしは、現在していることを今後もしていこう。それは、わたしたちと同じように誇りうる立ち場を得ようと機会をねらっている者どもから、その機会を断ち切ってしまうためである。
 11:13 こういう人々はにせ使徒、人をだます働き人であって、キリストの使徒に擬装しているにすぎないからである。
 11:14 しかし、驚くには及ばない。サタンも光の天使に擬装するのだから。
 11:15 だから、たといサタンの手下どもが、義の奉仕者のように擬装したとしても、不思議ではない。彼らの最期は、そのしわざに合ったものとなろう。
 11:16 繰り返して言うが、だれも、わたしを愚か者と思わないでほしい。もしそう思うなら、愚か者あつかいにされてもよいから、わたしにも、少し誇らせてほしい。
 11:17 いま言うことは、主によって言うのではなく、愚か者のように、自分の誇とするところを信じきって言うのである。
 11:18 多くの人が肉によって誇っているから、わたしも誇ろう。
 11:19 あなたがたは賢い人たちなのだから、喜んで愚か者を忍んでくれるだろう。
 11:20 実際、あなたがたは奴隷にされても、食い倒されても、略奪されても、いばられても、顔をたたかれても、それを忍んでいる。
 11:21 言うのも恥ずかしいことだが、わたしたちは弱すぎたのだ。もしある人があえて誇るなら、わたしは愚か者になって言うが、わたしもあえて誇ろう。
 11:22 彼らはヘブル人なのか。わたしもそうである。彼らはイスラエル人なのか。わたしもそうである。彼らはアブラハムの子孫なのか。わたしもそうである。
 11:23 彼らはキリストの僕なのか。わたしは気が狂ったようになって言う、わたしは彼ら以上にそうである。苦労したことはもっと多く、投獄されたことももっと多く、むち打たれたことは、はるかにおびただしく、死に面したこともしばしばあった。
 11:24 ユダヤ人から四十に一つ足りないむちを受けたことが五度、
 11:25 ローマ人にむちで打たれたことが三度、石で打たれたことが一度、難船したことが三度、そして、一昼夜、海の上を漂ったこともある。
 11:26 幾たびも旅をし、川の難、盗賊の難、同国民の難、異邦人の難、都会の難、荒野の難、海上の難、にせ兄弟の難に会い、
 11:27 労し苦しみ、たびたび眠られぬ夜を過ごし、飢えかわき、しばしば食物がなく、寒さに凍え、裸でいたこともあった。
 11:28 なおいろいろの事があった外に、日々わたしに迫って来る諸教会の心配ごとがある。
 11:29 だれかが弱っているのに、わたしも弱らないでおれようか。だれかが罪を犯しているのに、わたしの心が燃えないでおれようか。
 11:30 もし誇らねばならないのなら、わたしは自分の弱さを誇ろう。
 11:31 永遠にほむべき、主イエス・キリストの父なる神は、わたしが偽りを言っていないことを、ご存じである。
 11:32 ダマスコでアレタ王の代官が、わたしを捕えるためにダマスコ人の町を監視したことがあったが、
 11:33 その時わたしは窓から町の城壁づたいに、かごでつり降ろされて、彼の手からのがれた。
 </blockquote>
主は我々の思いから行動まで汚されることなく聖く信仰生活をする事を願っていらっしゃいます。
11:3 ただ恐れるのは、エバがへびの悪巧みで誘惑されたように、あなたがたの思いが汚されて、キリストに対する純情と貞操とを失いはしないかということである。
 <blockquote>11:4 というのは、もしある人がきて、わたしたちが宣べ伝えもしなかったような異なるイエスを宣べ伝え、あるいは、あなたがたが受けたことのない違った霊を受け、あるいは、受けいれたことのない違った福音を聞く場合に、あなたがたはよくもそれを忍んでいる。</blockquote>
 
この個所は一般的に異端といわれる物の事だと考えてしまうなら引っかかってしまう可能性があります。今は「正統派」のような看板を掲げている様な所にも偽りが混在しています。
 
<blockquote>11:12 しかし、わたしは、現在していることを今後もしていこう。それは、わたしたちと同じように誇りうる立ち場を得ようと機会をねらっている者どもから、その機会を断ち切ってしまうためである。
11:13 こういう人々はにせ使徒、人をだます働き人であって、キリストの使徒に擬装しているにすぎないからである。
 11:14 しかし、驚くには及ばない。サタンも光の天使に擬装するのだから。
 11:15 だから、たといサタンの手下どもが、義の奉仕者のように擬装したとしても、不思議ではない。彼らの最期は、そのしわ</blockquote>ざに合ったものとなろう。
 
騙される時には騙されていることが分かる風貌では騙しに来ません。騙し手は、さも本物の様に紛らわしく振舞うから騙される人が出てくるのです。
サタンがいつから働いているかを知るならば、その手口が世の終わりに近づくとともにさらに進歩している事を知るでしょう。
以下のレビ記の個所を読んでみて下さい。
まさか教会でこの様な事を行うはずがないと思うでしょう？
しかし、簡単な例を出すならば、「預言」を行う教会に占いが入り込んでいたり、異なる霊が教会に入り込んでいたりという事が案外多い状況になっています。
神はこの様に語られます。「ゆえにあなたがたは、みずからを聖別し、聖なる者とならなければならない」
汚れから離れなければなりません。
「あなたがたの前からわたしが追い払う国びとの風習に、あなたがたは歩んではならない。彼らは、このもろもろのことをしたから、わたしは彼らを憎むのである。」
神の憎まれる悪しき者からくる風習が入り込んでいるのを知ったなら、身を守るために逃げなければなりません。そして、正しく主の御言葉に従って生きなければなりません。
 
<blockquote>レビ
 20:2 「イスラエルの人々に言いなさい、『イスラエルの人々のうち、またイスラエルのうちに寄留する他国人のうち、だれでもその子供をモレクにささげる者は、必ず殺されなければならない。すなわち、国の民は彼を石で撃たなければならない。
 20:3 わたしは顔をその人に向け、彼を民のうちから断つであろう。彼がその子供をモレクにささげてわたしの聖所を汚し、またわたしの聖なる名を汚したからである。
 20:4 その人が子供をモレクにささげるとき、国の民がもしことさらに、この事に目をおおい、これを殺さないならば、
 20:5 わたし自身、顔をその人とその家族とに向け、彼および彼に見ならってモレクを慕い、これと姦淫する者を、すべて民のうちから断つであろう。
 20:6 もし口寄せ、または占い師のもとにおもむき、彼らを慕って姦淫する者があれば、わたしは顔をその人に向け、これを民のうちから断つであろう。
 20:7 ゆえにあなたがたは、みずからを聖別し、聖なる者とならなければならない。わたしはあなたがたの神、主である。
 20:8 あなたがたはわたしの定めを守って、これを行わなければならない。わたしはあなたがたを聖別する主である。
 20:9 だれでも父または母をのろう者は、必ず殺されなければならない。彼が父または母をのろったので、その血は彼に帰するであろう。
 20:10 人の妻と姦淫する者、すなわち隣人の妻と姦淫する者があれば、その姦夫、姦婦は共に必ず殺されなければならない。
 20:11 その父の妻と寝る者は、その父をはずかしめる者である。彼らはふたりとも必ず殺されなければならない。その血は彼らに帰するであろう。
 20:12 子の妻と寝る者は、ふたり共に必ず殺されなければならない。彼らは道ならぬことをしたので、その血は彼らに帰するであろう。
 20:13 女と寝るように男と寝る者は、ふたりとも憎むべき事をしたので、必ず殺されなければならない。その血は彼らに帰するであろう。
 20:14 女をその母と一緒にめとるならば、これは悪事であって、彼も、女たちも火に焼かれなければならない。このような悪事をあなたがたのうちになくするためである。
 20:15 男がもし、獣と寝るならば彼は必ず殺されなければならない。あなたがたはまた、その獣を殺さなければならない。
 20:16 女がもし、獣に近づいて、これと寝るならば、あなたは、その女と獣とを殺さなければならない。彼らは必ず殺さるべきである。その血は彼らに帰するであろう。
 20:17 人がもし、その姉妹、すなわち父の娘、あるいは母の娘に近づいて、その姉妹のはだを見、女はその兄弟のはだを見るならば、これは恥ずべき事である。彼らは、その民の人々の目の前で、断たれなければならない。彼は、その姉妹を犯したのであるから、その罪を負わなければならない。
 20:18 人がもし、月のさわりのある女と寝て、そのはだを現すならば、男は女の源を現し、女は自分の血の源を現したのであるから、ふたり共にその民のうちから断たれなければならない。
 20:19 あなたの母の姉妹、またはあなたの父の姉妹を犯してはならない。これは、自分の肉親の者を犯すことであるから、彼らはその罪を負わなければならない。
 20:20 人がもし、そのおばと寝るならば、これはおじをはずかしめることであるから、彼らはその罪を負い、子なくして死ぬであろう。
 20:21 人がもし、その兄弟の妻を取るならば、これは汚らわしいことである。彼はその兄弟をはずかしめたのであるから、彼らは子なき者となるであろう。
 20:22 あなたがたはわたしの定めとおきてとをことごとく守って、これを行わなければならない。そうすれば、わたしがあなたがたを住まわせようと導いて行く地は、あなたがたを吐き出さぬであろう。
 20:23 あなたがたの前からわたしが追い払う国びとの風習に、あなたがたは歩んではならない。彼らは、このもろもろのことをしたから、わたしは彼らを憎むのである。
 20:24 わたしはあなたがたに言った、「あなたがたは、彼らの地を獲るであろう。わたしはこれをあなたがたに与えて、これを獲させるであろう。これは乳と蜜との流れる地である」。わたしはあなたがたを他の民から区別したあなたがたの神、主である。
 20:25 あなたがたは清い獣と汚れた獣、汚れた鳥と清い鳥を区別しなければならない。わたしがあなたがたのために汚れたものとして区別した獣、または鳥またはすべて地を這うものによって、あなたがたの身を忌むべきものとしてはならない。
 20:26 あなたがたはわたしに対して聖なる者でなければならない。主なるわたしは聖なる者で、あなたがたをわたしのものにしようと、他の民から区別したからである。
 20:27 男または女で、口寄せ、または占いをする者は、必ず殺されなければならない。すなわち、石で撃ち殺さなければならない。その血は彼らに帰するであろう』」。</blockquote>
 
<blockquote>レビ
 18:30 それゆえに、あなたがたはわたしの言いつけを守り、先に行われたこれらの憎むべき風習の一つをも行ってはならない。またこれによって身を汚してはならない。わたしはあなたがたの神、主である』」。</blockquote>
 
主に従って歩んでゆきましょう。
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">麗鳴(うらなり)　さんの　メッセージ</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 03 Jan 2012 02:09:54 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>平和を預言する預言者</title>
         <description><![CDATA[<blockquote>エレ28:9 平和を預言する預言者は、その預言者の言葉が成就するとき、真実に主がその預言者をつかわされたのであることが知られるのだ」。
28:15 預言者エレミヤはまた預言者ハナニヤに言った、「ハナニヤよ、聞きなさい。主があなたをつかわされたのではない。あなたはこの民に偽りを信じさせた。
29:8 万軍の主、イスラエルの神はこう言われる、あなたがたのうちにいる預言者と占い師に惑わされてはならない。また彼らの見る夢に聞き従ってはならない。
29:9 それは、彼らがわたしの名によってあなたがたに偽りを預言しているからである。わたしが彼らをつかわしたのではないと主は言われる。
</blockquote>
平和を預言する預言者は最近多くいますので　少しお話しておきます。
今私が一番気になるのは　リバイバルの預言です　又再臨の預言です
多くの牧師たちが　これらを　預言していましたがほとんど外れています。

これらは　主から使わされた　者では無いと　聖書は語っています。
偽預言者を信じることは　災いを　招きます。

未だこの人たちは　権威のある　牧師として　活動しています。

早くきずいて欲しいものです。

ここでは　ハナニヤ　は　バビロンの王に従うことを　やめるように　預言しています。

しかしながら　主は　バビロンの王に従うように　ここでは言われています。

自負しないで　主からのみ言葉を　よく聞きましょう


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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">鹿男のメッセージ</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 03 Jan 2012 01:39:54 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>あなたのパンを分け与える</title>
         <description><![CDATA[<blockquote>イザ58:6 わたしが選ぶところの断食は、悪のなわをほどき、くびきのひもを解き、しえたげられる者を放ち去らせ、すべてのくびきを折るなどの事ではないか。
58:7 また飢えた者に、あなたのパンを分け与え、さすらえる貧しい者を、あなたの家に入れ、裸の者を見て、これを着せ、自分の骨肉に身を隠さないなどの事ではないか。
58:8 そうすれば、あなたの光が暁のようにあらわれ出て、あなたは、すみやかにいやされ、あなたの義はあなたの前に行き、主の栄光はあなたのしんがりとなる。
58:9 また、あなたが呼ぶとき、主は答えられ、あなたが叫ぶとき、『わたしはここにおる』と言われる。もし、あなたの中からくびきを除き、指をさすこと、悪い事を語ることを除き、
58:10 飢えた者にあなたのパンを施し、苦しむ者の願いを満ち足らせるならば、あなたの光は暗きに輝き、あなたのやみは真昼のようになる。
58:11 主は常にあなたを導き、良き物をもってあなたの願いを満ち足らせ、あなたの骨を強くされる。あなたは潤った園のように、水の絶えない泉のようになる。</blockquote>

58:7 また飢えた者に、あなたのパンを分け与え、さすらえる貧しい者を、あなたの家に入れ、裸の者を見て、これを着せ、自分の骨肉に身を隠さないなどの事ではないか。
↑御言葉と↓は　ほぼ同じ意味といえるかもしれません

<blockquote>ﾏﾀ25:35 あなたがたは、わたしが空腹のときに食べさせ、かわいていたときに飲ませ、旅人であったときに宿を貸し、
25:36 裸であったときに着せ、病気のときに　見舞い、獄にいたときに尋ねてくれたからである』。
25:37 そのとき、正しい者たちは答えて言うであろう、『主よ、いつ、わたしたちは、あなたが空腹であるのを見て食物をめぐみ、かわいているのを見て飲ませましたか。
25:38 いつあなたが旅人であるのを見て宿を貸し、裸なのを見て着せましたか。
25:39 また、いつあなたが病気をし、獄にいるのを見て、あなたの所に参りましたか』。
25:40 すると、王は答えて言うであろう、『あなたがたによく言っておく。わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである』。
</blockquote>
今　まともな　御言葉は　殆どの教会では　語られていません　あなたが　真のキリストの弟子であるなら　まともな　御言葉を得られず　乾いている人たちに施す必要があります。

裸であったときに着せ　　神の御心をしらず　恥ずべき状態の人

、病気のときに　病んでいる人　悪霊のとりこに　なっている人

見舞い、文字通りです

獄にいた　よくない　事などに　とらわれている人

これらの人が素直に聞くかどうか　わかりませんが　少なくても　収穫を試みる　

必要があります。

これらのことは　主の喜ばれることであり確かに御心であります。


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         <link>http://www.637200.net/2011/12/post_159.html</link>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">鹿男のメッセージ</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 28 Dec 2011 06:25:22 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>「十戒」</title>
         <description><![CDATA[
<blockquote>聖書　出エジプト20章
出
20:1 神はこのすべての言葉を語って言われた。
 20:2 「わたしはあなたの神、主であって、あなたをエジプトの地、奴隷の家から導き出した者である。
 20:3 あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない。
 20:4 あなたは自分のために、刻んだ像を造ってはならない。上は天にあるもの、下は地にあるもの、また地の下の水のなかにあるものの、どんな形をも造ってはならない。
 20:5 それにひれ伏してはならない。それに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神であるから、わたしを憎むものは、父の罪を子に報いて、三、四代に及ぼし、
 20:6 わたしを愛し、わたしの戒めを守るものには、恵みを施して、千代に至るであろう。
 20:7 あなたは、あなたの神、主の名を、みだりに唱えてはならない。主は、み名をみだりに唱えるものを、罰しないでは置かないであろう。
 20:8 安息日を覚えて、これを聖とせよ。
 20:9 六日のあいだ働いてあなたのすべてのわざをせよ。
 20:10 七日目はあなたの神、主の安息であるから、なんのわざをもしてはならない。あなたもあなたのむすこ、娘、しもべ、はしため、家畜、またあなたの門のうちにいる他国の人もそうである。
 20:11 主は六日のうちに、天と地と海と、その中のすべてのものを造って、七日目に休まれたからである。それで主は安息日を祝福して聖とされた。
 20:12 あなたの父と母を敬え。これは、あなたの神、主が賜わる地で、あなたが長く生きるためである。
 20:13 あなたは殺してはならない。
 20:14 あなたは姦淫してはならない。
 20:15 あなたは盗んではならない。
 20:16 あなたは隣人について、偽証してはならない。
 20:17 あなたは隣人の家をむさぼってはならない。隣人の妻、しもべ、はしため、牛、ろば、またすべて隣人のものをむさぼってはならない」。
 20:18 民は皆、かみなりと、いなずまと、ラッパの音と、山の煙っているのとを見た。民は恐れおののき、遠く離れて立った。
 20:19 彼らはモーセに言った、「あなたがわたしたちに語ってください。わたしたちは聞き従います。神がわたしたちに語られぬようにしてください。それでなければ、わたしたちは死ぬでしょう」。
 20:20 モーセは民に言った、「恐れてはならない。神はあなたがたを試みるため、またその恐れをあなたがたの目の前において、あなたがたが罪を犯さないようにするために臨まれたのである」。
 20:21 そこで、民は遠く離れて立ったが、モーセは神のおられる濃い雲に近づいて行った。
 20:22 主はモーセに言われた、「あなたはイスラエルの人々にこう言いなさい、『あなたがたは、わたしが天からあなたがたと語るのを見た。
 20:23 あなたがたはわたしと並べて、何をも造ってはならない。銀の神々も、金の神々も、あなたがたのために、造ってはならない。
 20:24 あなたはわたしのために土の祭壇を築き、その上にあなたの燔祭、酬恩祭、羊、牛をささげなければならない。わたしの名を覚えさせるすべての所で、わたしはあなたに臨んで、あなたを祝福するであろう。
 20:25 あなたがもしわたしに石の祭壇を造るならば、切り石で築いてはならない。あなたがもし、のみをそれに当てるならば、それをけがすからである。
 20:26 あなたは階段によって、わたしの祭壇に登ってはならない。あなたの隠し所が、その上にあらわれることのないようにするためである』。
 </blockquote>
現代では、教会において十戒を守らなければならないというならば、「律法的だ」などと非難されてしまうのでしょうが、では、単なる旧約聖書の一部として、我々はキリストの血でゆるされたのだから関係ないと信仰生活をしていて良いものでしょうか？
私自身は律法を守って救われようとは考えてはいませんが、律法主義は良くないと目くじらを立てて十戒をないがしろにしてはならないと考えます。
なぜなら、十戒とは神が我々人間に与えられた物であり、それは我々の為には貴重な戒めであるからです。
以下の十戒の内容をよく読んでみて下さい。
 
<blockquote>20:3 あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない。
 20:4 あなたは自分のために、刻んだ像を造ってはならない。上は天にあるもの、下は地にあるもの、また地の下の水のなかにあるものの、どんな形をも造ってはならない。
 20:5 それにひれ伏してはならない。それに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神であるから、わたしを憎むものは、父の罪を子に報いて、三、四代に及ぼし、
 20:6 わたしを愛し、わたしの戒めを守るものには、恵みを施して、千代に至るであろう。
 20:7 あなたは、あなたの神、主の名を、みだりに唱えてはならない。主は、み名をみだりに唱えるものを、罰しないでは置かないであろう。
 20:8 安息日を覚えて、これを聖とせよ。
 20:9 六日のあいだ働いてあなたのすべてのわざをせよ。
 20:10 七日目はあなたの神、主の安息であるから、なんのわざをもしてはならない。あなたもあなたのむすこ、娘、しもべ、はしため、家畜、またあなたの門のうちにいる他国の人もそうである。
 20:11 主は六日のうちに、天と地と海と、その中のすべてのものを造って、七日目に休まれたからである。それで主は安息日を祝福して聖とされた。
 20:12 あなたの父と母を敬え。これは、あなたの神、主が賜わる地で、あなたが長く生きるためである。
 20:13 あなたは殺してはならない。
 20:14 あなたは姦淫してはならない。
 20:15 あなたは盗んではならない。
 20:16 あなたは隣人について、偽証してはならない。
 20:17 あなたは隣人の家をむさぼってはならない。隣人の妻、しもべ、はしため、牛、ろば、またすべて隣人のものをむさぼってはならない」。
 </blockquote>
守ることに固執して律法主義者やパリサイ人になるのはいけませんが、
神を信じる者として従うべき戒めである事はわかります。
他人を罪に定めることは我々のすることではありませんので、
我々は神との関係で神に喜ばれる信仰生活を歩んでゆくべきなのです。
それには、神との正しい関係が必要なわけです。
 
<blockquote>ルカ
 6:5 また彼らに言われた、「人の子は安息日の主である」。
 6:6 また、ほかの安息日に会堂にはいって教えておられたところ、そこに右手のなえた人がいた。
 6:7 律法学者やパリサイ人たちは、イエスを訴える口実を見付けようと思って、安息日にいやされるかどうかをうかがっていた。
 6:8 イエスは彼らの思っていることを知って、その手のなえた人に、「起きて、まん中に立ちなさい」と言われると、起き上がって立った。
 6:9 そこでイエスは彼らにむかって言われた、「あなたがたに聞くが、安息日に善を行うのと悪を行うのと、命を救うのと殺すのと、どちらがよいか」。
 6:10 そして彼ら一同を見まわして、その人に「手を伸ばしなさい」と言われた。そのとおりにすると、その手は元どおりになった。
 6:11 そこで彼らは激しく怒って、イエスをどうかしてやろうと、互に話合いをはじめた。
 </blockquote>
主イエスのもとに癒しを求めたのは病人や罪人たちでした。
彼らは自分が病人であり、また罪人である事を自覚していたから癒しを求めてイエス様のもとに行ったのです。
そして、御業を行った主を見た律法学者やパリサイ人たちは激しく怒って、イエスをどうかしてやろうと、互に話合いをはじめた。と書かれています。
神が喜ばれるのは憐れみであっていけにえではないという御言葉もあります。
今、我々は主のもとにゆき、主に聞く姿勢を忘れてはなりません。
多くの人が、教会がこうだからと盲目的についていってはなりません。
 
<blockquote>ルカ
13:23 すると、ある人がイエスに、「主よ、救われる人は少ないのですか」と尋ねた。
 13:24 そこでイエスは人々にむかって言われた、「狭い戸口からはいるように努めなさい。事実、はいろうとしても、はいれない人が多いのだから。
 </blockquote>
日々主を覚え、ルカ書6章の御言葉のどちらに自分がいるのかを知り、
日々悔い改め、主に寄り添って歩む信仰生活をしてゆきましょう。
特に主と交わり祈ることに力を尽くさなくてはなりません！]]></description>
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         <pubDate>Mon, 26 Dec 2011 20:17:30 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>逆境の日には考えよ</title>
         <description><![CDATA[<blockquote>ヨブ
 36:1 エリフは重ねて言った、
 36:2 「しばらく待て、わたしはあなたに示すことがある。なお神のために言うべき事がある。
 36:3 わたしは遠くからわが知識を取り、／わが造り主に正義を帰する。
 36:4 まことにわたしの言葉は偽らない。知識の全き者があなたと共にいる。
 36:5 見よ、神は力ある者であるが、／何をも卑しめられない、／その悟りの力は大きい。
 36:6 彼は悪しき者を生かしておかれない、／苦しむ者のためにさばきを行われる。
 36:7 彼は正しい者から目を離さず、／位にある王たちと共に、とこしえに、／彼らをすわらせて、尊くされる。
 36:8 もし彼らが足かせにつながれ、／悩みのなわに捕えられる時は、
 36:9 彼らの行いと、とがと、／その高ぶったふるまいを彼らに示し、
 36:10 彼らの耳を開いて、教を聞かせ、／悪を離れて帰ることを命じられる。
 36:11 もし彼らが聞いて彼に仕えるならば、／彼らはその日を幸福に過ごし、その年を楽しく送るであろう。
 36:12 しかし彼らが聞かないならば、つるぎによって滅び、／知識を得ないで死ぬであろう。
 36:13 心に神を信じない者どもは怒りをたくわえ、／神に縛られる時も、助けを呼び求めることをしない。
 36:14 彼らは年若くして死に、／その命は恥のうちに終る。
 36:15 神は苦しむ者をその苦しみによって救い、／彼らの耳を逆境によって開かれる。
 36:16 神はまたあなたを悩みから、／束縛のない広い所に誘い出された。そしてあなたの食卓に置かれた物は／すべて肥えた物であった。
 36:17 しかしあなたは悪人のうくべき／さばきをおのれに満たし、／さばきと公義はあなたを捕えている。
 36:18 あなたは怒りに誘われて、／あざけりに陥らぬように心せよ。あがないしろの大いなるがために、おのれを誤るな。
 36:19 あなたの叫びはあなたを守って、／悩みを免れさせるであろうか、／いかに力をつくしても役に立たない。
 36:20 人々がその所から断たれる／その夜を慕ってはならない。
 36:21 慎んで悪に傾いてはならない。あなたは悩みよりもむしろこれを選んだからだ。
 36:22 見よ、神はその力をもってあがめられる。だれか彼のように教える者があるか。
 36:23 だれか彼のためにその道を定めた者があるか。だれか『あなたは悪い事をした』と／言いうる者があるか。
 36:24 神のみわざをほめたたえる事を忘れてはならない。これは人々の歌いあがめるところである。
 36:25 すべての人はこれを仰ぎ見る。人は遠くからこれを見るにすぎない。
 36:26 見よ、神は大いなる者にいまして、／われわれは彼を知らない。その年の数も計り知ることができない。
 36:27 彼は水のしたたりを引きあげ、／その霧をしたたらせて雨とされる。
 36:28 空はこれを降らせて、人の上に豊かに注ぐ。
 36:29 だれか雲の広がるわけと、／その幕屋のとどろくわけとを／悟ることができようか。
 36:30 見よ、彼はその光をおのれのまわりにひろげ、／また海の底をおおわれる。
 36:31 彼はこれらをもって民をさばき、／食物を豊かに賜い、
 36:32 いなずまをもってもろ手を包み、／これに命じて敵を打たせられる。
 36:33 そのとどろきは、／悪にむかって怒りに燃える彼を現す。
 </blockquote>
 
逆境の時をどのように過ごしますか？
人は自分が逆境にいる時、心楽しく浮かれて過ごす事はなく、その辛く苦しい時が早く過ぎ去って欲しいと願うばかりではないでしょうか。
しかし、クリスチャンにとっての逆境は偶然でも何でもなく、神の御手の中である意味与えられているともいえるのです。（自らが蒔いたものを刈り取っている場合を除いて）
 
<blockquote>36:15 神は苦しむ者をその苦しみによって救い、／彼らの耳を逆境によって開かれる。</blockquote>
 
全ては主の御手の中にあるのです。
伝道者の書にはこの様な御言葉があります。
 
<blockquote>伝
7:13 神のみわざを考えみよ。神の曲げられたものを、だれがまっすぐにすることができるか。
 7:14 順境の日には楽しめ、逆境の日には考えよ。神は人に将来どういう事があるかを、知らせないために、彼とこれとを等しく造られたのである。
 7:15 わたしはこのむなしい人生において、もろもろの事を見た。そこには義人がその義によって滅びることがあり、悪人がその悪によって長生きすることがある。
 </blockquote>
逆境の日には考えよとあります。様々なケースがありますが、
祈り、あなたに対しての主の御旨、御言葉を聞きましょう。
もし、主の御心から離れて逆境に陥っているならば、この様に書かれています。
 
<blockquote>36:8 もし彼らが足かせにつながれ、／悩みのなわに捕えられる時は、
 36:9 彼らの行いと、とがと、／その高ぶったふるまいを彼らに示し、
 36:10 彼らの耳を開いて、教を聞かせ、／悪を離れて帰ることを命じられる。
 36:11 もし彼らが聞いて彼に仕えるならば、／彼らはその日を幸福に過ごし、その年を楽しく送るであろう。
 36:12 しかし彼らが聞かないならば、つるぎによって滅び、／知識を得ないで死ぬであろう。
 36:13 心に神を信じない者どもは怒りをたくわえ、／神に縛られる時も、助けを呼び求めることをしない。
 
そして、あなたが理由なく人に苦しめられているならこの様な御言葉があります。
 
36:6 彼は悪しき者を生かしておかれない、／苦しむ者のためにさばきを行われる。
 </blockquote>
辛い時、ついついこの様に呟いてしまうときがありませんか？
「昔の方が良かった・・・」
しかし、伝道の書にはこの様に書かれています。
 
<blockquote>伝
7:10 「昔が今よりもよかったのはなぜか」と言うな。あなたがこれを問うのは知恵から出るのではない。
 </blockquote>
我々クリスチャンは地上に目や心を向けて歩むものではありません。
神の御国に向かって、未来に向かって歩むものです。
まだ見てはいませんが、天の御国はどれ程素晴らしい所かご存知ですか？
一日一日、主を真に信じて歩むクリスチャンは確実に一歩一歩、神の御国に近付いているのです。昔の方が良いはずがありません。
今はその素晴らしい御国に行く行程の道中なのです。山登りでも途中であきらめていては頂上にたどり着くことはないのです。
どのような状況にあっても忘れてはならない事は、以下に書かれています。
 
<blockquote>36:24　神のみわざをほめたたえる事を忘れてはならない。これは人々の歌いあがめるところである。</blockquote>]]></description>
         <link>http://www.637200.net/2011/12/post_157.html</link>
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         <pubDate>Mon, 19 Dec 2011 20:08:47 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>主であるわたしは心を探り、思いを試みる。おのおのに、その道にしたがい、その行いの実によって報いをするためである</title>
         <description>
聖書　Ⅰコリント10章
一コリ
10:1 兄弟たちよ。このことを知らずにいてもらいたくない。わたしたちの先祖はみな雲の下におり、みな海を通り、
 10:2 みな雲の中、海の中で、モーセにつくバプテスマを受けた。
 10:3 また、みな同じ霊の食物を食べ、
 10:4 みな同じ霊の飲み物を飲んだ。すなわち、彼らについてきた霊の岩から飲んだのであるが、この岩はキリストにほかならない。
 10:5 しかし、彼らの中の大多数は、神のみこころにかなわなかったので、荒野で滅ぼされてしまった。
 10:6 これらの出来事は、わたしたちに対する警告であって、彼らが悪をむさぼったように、わたしたちも悪をむさぼることのないためなのである。
 10:7 だから、彼らの中のある者たちのように、偶像礼拝者になってはならない。すなわち、「民は座して飲み食いをし、また立って踊り戯れた」と書いてある。
 10:8 また、ある者たちがしたように、わたしたちは不品行をしてはならない。不品行をしたため倒された者が、一日に二万三千人もあった。
 10:9 また、ある者たちがしたように、わたしたちは主を試みてはならない。主を試みた者は、へびに殺された。
 10:10 また、ある者たちがつぶやいたように、つぶやいてはならない。つぶやいた者は、「死の使」に滅ぼされた。
 10:11 これらの事が彼らに起ったのは、他に対する警告としてであって、それが書かれたのは、世の終りに臨んでいるわたしたちに対する訓戒のためである。
 10:12 だから、立っていると思う者は、倒れないように気をつけるがよい。
 10:13 あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである。
 10:14 それだから、愛する者たちよ。偶像礼拝を避けなさい。
 10:15 賢明なあなたがたに訴える。わたしの言うことを、自ら判断してみるがよい。
 10:16 わたしたちが祝福する祝福の杯、それはキリストの血にあずかることではないか。わたしたちがさくパン、それはキリストのからだにあずかることではないか。
 10:17 パンが一つであるから、わたしたちは多くいても、一つのからだなのである。みんなの者が一つのパンを共にいただくからである。
 10:18 肉によるイスラエルを見るがよい。供え物を食べる人たちは、祭壇にあずかるのではないか。
 10:19 すると、なんと言ったらよいか。偶像にささげる供え物は、何か意味があるのか。また、偶像は何かほんとうにあるものか。
 10:20 そうではない。人々が供える物は、悪霊ども、すなわち、神ならぬ者に供えるのである。わたしは、あなたがたが悪霊の仲間になることを望まない。
 10:21 主の杯と悪霊どもの杯とを、同時に飲むことはできない。主の食卓と悪霊どもの食卓とに、同時にあずかることはできない。
 10:22 それとも、わたしたちは主のねたみを起そうとするのか。わたしたちは、主よりも強いのだろうか。
 10:23 すべてのことは許されている。しかし、すべてのことが益になるわけではない。すべてのことは許されている。しかし、すべてのことが人の徳を高めるのではない。
 10:24 だれでも、自分の益を求めないで、ほかの人の益を求めるべきである。
 10:25 すべて市場で売られている物は、いちいち良心に問うことをしないで、食べるがよい。
 10:26 地とそれに満ちている物とは、主のものだからである。
 10:27 もしあなたがたが、不信者のだれかに招かれて、そこに行こうと思う場合、自分の前に出される物はなんでも、いちいち良心に問うことをしないで、食べるがよい。
 10:28 しかし、だれかがあなたがたに、これはささげ物の肉だと言ったなら、それを知らせてくれた人のために、また良心のために、食べないがよい。
 10:29 良心と言ったのは、自分の良心ではなく、他人の良心のことである。なぜなら、わたしの自由が、どうして他人の良心によって左右されることがあろうか。
 10:30 もしわたしが感謝して食べる場合、その感謝する物について、どうして人のそしりを受けるわけがあろうか。
 10:31 だから、飲むにも食べるにも、また何事をするにも、すべて神の栄光のためにすべきである。
 10:32 ユダヤ人にもギリシヤ人にも神の教会にも、つまずきになってはいけない。
 10:33 わたしもまた、何事にもすべての人に喜ばれるように努め、多くの人が救われるために、自分の益ではなく彼らの益を求めている。
 
主は我々を試みられます。しかし悪魔も我々を試みにあわせる事があります。
イエス様ご自身も「悪魔の試みにあわれた。」と書かれている箇所があります様に、悪魔の試みにあわれ勝利されました。
ただし、我々が試みにあうのは何通りかのケースがあるようです。
そのうちの何種類かのケースを簡単に見てゆきたいと思います。
 
１、主に練り聖められるため（主を覚えるため）。
詩26:2 主よ、わたしをためし、わたしを試み、わたしの心と思いとを練りきよめてください。
申8:16 先祖たちも知らなかったマナを荒野であなたに食べさせられた。それはあなたを苦しめ、あなたを試みて、ついにはあなたをさいわいにするためであった。
 
２、主に従うかどうか試みるため
士2:22 これはイスラエルが、先祖たちの守ったように主の道を守ってそれに歩むかどうかをわたしが試みるためである」。
士3:4 これらをもってイスラエルを試み、主がモーセによって先祖たちに命じられた命令に、彼らが従うかどうかを知ろうとされたのである。
申 13:3 あなたはその預言者または夢みる者の言葉に聞き従ってはならない。あなたがたの神、主はあなたがたが心をつくし、精神をつくして、あなたがたの神、主を愛するか、どうかを知ろうと、このようにあなたがたを試みられるからである。
申 8:2 あなたの神、主がこの四十年の間、荒野であなたを導かれたそのすべての道を覚えなければならない。それはあなたを苦しめて、あなたを試み、あなたの心のうちを知り、あなたがその命令を守るか、どうかを知るためであった。
 
３、主の御心、御旨を行うのにふさわしいものを選ぶため
士 7:3 それゆえ、民の耳に触れ示して、『だれでも恐れおののく者は帰れ』と言いなさい」。こうしてギデオンは彼らを試みたので、民のうち帰った者は二万二千人あり、残った者は一万人であった。
 
４、主の御心に従うがゆえにふりかかってくるもの
一ペテ4:12 愛する者たちよ。あなたがたを試みるために降りかかって来る火のような試錬を、何か思いがけないことが起ったかのように驚きあやしむことなく、
 4:13 むしろ、キリストの苦しみにあずかればあずかるほど、喜ぶがよい。それは、キリストの栄光が現れる際に、よろこびにあふれるためである。
 4:14 キリストの名のためにそしられるなら、あなたがたはさいわいである。その時には、栄光の霊、神の霊が、あなたがたに宿るからである。
4:19 だから、神の御旨に従って苦しみを受ける人々は、善をおこない、そして、真実であられる創造者に、自分のたましいをゆだねるがよい。
 
このように様々なケースがありますね。
しかし、我々が最も注意していなければならないのは、自分が神を試みて逆に試みにあってしまうケースです。一体何の事だろうと思われるでしょうから御言葉から説明します。
 
詩 78:18 おのが欲のために食物を求めて、その心のうちに神を試みた。
詩106:14 野でわがままな欲望を起し、荒野で神を試みた。
マタ16:1 パリサイ人とサドカイ人とが近寄ってきて、イエスを試み、天からのしるしを見せてもらいたいと言った。
一コリ10:9 また、ある者たちがしたように、わたしたちは主を試みてはならない。主を試みた者は、へびに殺された。
 
『主なるあなたの神を試みてはならない』とまた書いてある」と聖書にあるように、
我々は神を試みることのできるような存在ではないのです、神がどのようなお方であるかを知るなら、我々は高ぶって神を試みるようなことなしないでしょう。高慢は悪魔の思想です。
 
一コリ
10:9 また、ある者たちがしたように、わたしたちは主を試みてはならない。主を試みた者は、へびに殺された。
 
この個所には「ある者たち」と書かれています。
主に従っていない人が教会の中にいないと言い切れない時代です（実際は多くいると思います）。そのような中で「誰かがしているから私も・・・」という考えはとても危険です。
我々は御言葉に従わなくてはなりません。
悪しきものに騙されてはなりません。
だから、我々は日々真実に主に従い、聖書を調べ、祈らなければならないのです。
主の祈りを心から真実に祈ることは重要ですね。
 
マタ
6:9 だから、あなたがたはこう祈りなさい、天にいますわれらの父よ、御名があがめられますように。
 6:10 御国がきますように。みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように。
 6:11 わたしたちの日ごとの食物を、きょうもお与えください。
 6:12 わたしたちに負債のある者をゆるしましたように、わたしたちの負債をもおゆるしください。
 6:13 わたしたちを試みに会わせないで、悪しき者からお救いください。</description>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">麗鳴(うらなり)　さんの　メッセージ</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 11 Dec 2011 07:31:16 +0900</pubDate>
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      <item>
         <title>「人はパンだけでは生きず、人は主の口から出るすべてのことばによって生きる」</title>
         <description><![CDATA[
聖書　<blockquote>申命記8章
申
 8:1 わたしが、きょう、命じるこのすべての命令を、あなたがたは守って行わなければならない。そうすればあなたがたは生きることができ、かつふえ増し、主があなたがたの先祖に誓われた地にはいって、それを自分のものとすることができるであろう。
 8:2 あなたの神、主がこの四十年の間、荒野であなたを導かれたそのすべての道を覚えなければならない。それはあなたを苦しめて、あなたを試み、あなたの心のうちを知り、あなたがその命令を守るか、どうかを知るためであった。
 8:3 それで主はあなたを苦しめ、あなたを飢えさせ、あなたも知らず、あなたの先祖たちも知らなかったマナをもって、あなたを養われた。人はパンだけでは生きず、人は主の口から出るすべてのことばによって生きることをあなたに知らせるためであった。
 8:4 この四十年の間、あなたの着物はすり切れず、あなたの足は、はれなかった。
 8:5 あなたはまた人がその子を訓練するように、あなたの神、主もあなたを訓練されることを心にとめなければならない。
 8:6 あなたの神、主の命令を守り、その道に歩んで、彼を恐れなければならない。
 8:7 それはあなたの神、主があなたを良い地に導き入れられるからである。そこは谷にも山にもわき出る水の流れ、泉、および淵のある地、
 8:8 小麦、大麦、ぶどう、いちじく及びざくろのある地、油のオリブの木、および蜜のある地、
 8:9 あなたが食べる食物に欠けることなく、なんの乏しいこともない地である。その地の石は鉄であって、その山からは銅を掘り取ることができる。
 8:10 あなたは食べて飽き、あなたの神、主がその良い地を賜わったことを感謝するであろう。
 8:11 あなたは、きょう、わたしが命じる主の命令と、おきてと、定めとを守らず、あなたの神、主を忘れることのないように慎まなければならない。
 8:12 あなたは食べて飽き、麗しい家を建てて住み、
 8:13 また牛や羊がふえ、金銀が増し、持ち物がみな増し加わるとき、
 8:14 おそらく心にたかぶり、あなたの神、主を忘れるであろう。主はあなたをエジプトの地、奴隷の家から導き出し、
 8:15 あなたを導いて、あの大きな恐ろしい荒野、すなわち火のへびや、さそりがいて、水のない、かわいた地を通り、あなたのために堅い岩から水を出し、
 8:16 先祖たちも知らなかったマナを荒野であなたに食べさせられた。それはあなたを苦しめ、あなたを試みて、ついにはあなたをさいわいにするためであった。
 8:17 あなたは心のうちに『自分の力と自分の手の働きで、わたしはこの富を得た』と言ってはならない。
 8:18 あなたはあなたの神、主を覚えなければならない。主はあなたの先祖たちに誓われた契約を今日のように行うために、あなたに富を得る力を与えられるからである。
 8:19 もしあなたの神、主を忘れて他の神々に従い、これに仕え、これを拝むならば、――わたしは、きょう、あなたがたに警告する。――あなたがたはきっと滅びるであろう。
 8:20 主があなたがたの前から滅ぼし去られる国々の民のように、あなたがたも滅びるであろう。あなたがたの神、主の声に従わないからである。</blockquote>
 
何故、人はパン（食物）のみによって生きる存在ではないと神は語られるのでしょうか。
肉体は食物を得れば十分に生きてゆく事が出来ます。そうです、神が語られているのは肉体を生かすのは食物ですが、我々人間は食物だけで生きる存在ではなく、霊によっても生きる存在であるという事なのです。
　つまり、神によって生かされている存在であるということに気づくことにより、神に立ち返り、神によって霊（永遠）の命を生かす事が出来るのです。
 
<blockquote>ルカ
 4:1 さて、イエスは聖霊に満ちてヨルダン川から帰り、
 4:2 荒野を四十日のあいだ御霊にひきまわされて、悪魔の試みにあわれた。そのあいだ何も食べず、その日数がつきると、空腹になられた。
 4:3 そこで悪魔が言った、「もしあなたが神の子であるなら、この石に、パンになれと命じてごらんなさい」。
 4:4 イエスは答えて言われた、「『人はパンだけで生きるものではない』と書いてある」。
 4:5 それから、悪魔はイエスを高い所へ連れて行き、またたくまに世界のすべての国々を見せて
 4:6 言った、「これらの国々の権威と栄華とをみんな、あなたにあげましょう。それらはわたしに任せられていて、だれでも好きな人にあげてよいのですから。
 4:7 それで、もしあなたがわたしの前にひざまずくなら、これを全部あなたのものにしてあげましょう」。
 4:8 イエスは答えて言われた、「『主なるあなたの神を拝し、ただ神にのみ仕えよ』と書いてある」。
 4:9 それから悪魔はイエスをエルサレムに連れて行き、宮の頂上に立たせて言った、「もしあなたが神の子であるなら、ここから下へ飛びおりてごらんなさい。
 4:10 『神はあなたのために、御使たちに命じてあなたを守らせるであろう』とあり、
 4:11 また、『あなたの足が石に打ちつけられないように、彼らはあなたを手でささえるであろう』とも書いてあります」。
 4:12 イエスは答えて言われた、「『主なるあなたの神を試みてはならない』と言われている」。
 4:13 悪魔はあらゆる試みをしつくして、一時イエスを離れた。
 4:14 それからイエスは御霊の力に満ちあふれてガリラヤへ帰られると、そのうわさがその地方全体にひろまった。</blockquote>
　
ここではイエス様が肉体的にも空腹であった時に悪魔の試みにあわれていますが、「『人はパンだけで生きるものではない』と書いてある」と御言葉によって勝利しています。
悪魔がどのような時に我々を誘惑するのかが理解できます。そして悪魔も御言葉を使って巧みに誘惑しています。我々も御霊に導かれていないと悪魔に騙されてしまう危険性がある事がわかります。
 
 <blockquote>4:15 イエスは諸会堂で教え、みんなの者から尊敬をお受けになった。
 4:16 それからお育ちになったナザレに行き、安息日にいつものように会堂にはいり、聖書を朗読しようとして立たれた。
 4:17 すると預言者イザヤの書が手渡されたので、その書を開いて、こう書いてある所を出された、
 4:18 「主の御霊がわたしに宿っている。貧しい人々に福音を宣べ伝えさせるために、わたしを聖別してくださったからである。主はわたしをつかわして、囚人が解放され、盲人の目が開かれることを告げ知らせ、打ちひしがれている者に自由を得させ、
 4:19 主のめぐみの年を告げ知らせるのである」。
 4:20 イエスは聖書を巻いて係りの者に返し、席に着かれると、会堂にいるみんなの者の目がイエスに注がれた。
 4:21 そこでイエスは、「この聖句は、あなたがたが耳にしたこの日に成就した」と説きはじめられた。
 4:22 すると、彼らはみなイエスをほめ、またその口から出て来るめぐみの言葉に感嘆して言った、「この人はヨセフの子ではないか」。
 4:23 そこで彼らに言われた、「あなたがたは、きっと『医者よ、自分自身をいやせ』ということわざを引いて、カペナウムで行われたと聞いていた事を、あなたの郷里のこの地でもしてくれ、と言うであろう」。
 4:24 それから言われた、「よく言っておく。預言者は、自分の郷里では歓迎されないものである。
 4:25 よく聞いておきなさい。エリヤの時代に、三年六か月にわたって天が閉じ、イスラエル全土に大ききんがあった際、そこには多くのやもめがいたのに、
 4:26 エリヤはそのうちのだれにもつかわされないで、ただシドンのサレプタにいるひとりのやもめにだけつかわされた。
 4:27 また預言者エリシャの時代に、イスラエルには多くの重い皮膚病人がいたのに、そのうちのひとりもきよめられないで、ただシリヤのナアマンだけがきよめられた」。
 4:28 会堂にいた者たちはこれを聞いて、みな憤りに満ち、
 4:29 立ち上がってイエスを町の外へ追い出し、その町が建っている丘のがけまでひっぱって行って、突き落そうとした。
 4:30 しかし、イエスは彼らのまん中を通り抜けて、去って行かれた。
 4:31 それから、イエスはガリラヤの町カペナウムに下って行かれた。そして安息日になると、人々をお教えになったが、
 4:32 その言葉に権威があったので、彼らはその教に驚いた。
 4:33 すると、汚れた悪霊につかれた人が会堂にいて、大声で叫び出した、
 4:34 「ああ、ナザレのイエスよ、あなたはわたしたちとなんの係わりがあるのです。わたしたちを滅ぼしにこられたのですか。あなたがどなたであるか、わかっています。神の聖者です」。
 4:35 イエスはこれをしかって、「黙れ、この人から出て行け」と言われた。すると悪霊は彼を人なかに投げ倒し、傷は負わせずに、その人から出て行った。
 4:36 みんなの者は驚いて、互に語り合って言った、「これは、いったい、なんという言葉だろう。権威と力とをもって汚れた霊に命じられると、彼らは出て行くのだ」。
 4:37 こうしてイエスの評判が、その地方のいたる所にひろまっていった。
 4:38 イエスは会堂を出てシモンの家におはいりになった。ところがシモンのしゅうとめが高い熱を病んでいたので、人々は彼女のためにイエスにお願いした。
 4:39 そこで、イエスはそのまくらもとに立って、熱が引くように命じられると、熱は引き、女はすぐに起き上がって、彼らをもてなした。
 4:40 日が暮れると、いろいろな病気になやむ者をかかえている人々が、皆それをイエスのところに連れてきたので、そのひとりびとりに手を置いて、おいやしになった。
 4:41 悪霊も「あなたこそ神の子です」と叫びながら多くの人々から出ていった。しかし、イエスは彼らを戒めて、物を言うことをお許しにならなかった。彼らがイエスはキリストだと知っていたからである。
 4:42 夜が明けると、イエスは寂しい所へ出て行かれたが、群衆が捜しまわって、みもとに集まり、自分たちから離れて行かれないようにと、引き止めた。
 4:43 しかしイエスは、「わたしは、ほかの町々にも神の国の福音を宣べ伝えねばならない。自分はそのためにつかわされたのである」と言われた。
 4:44 そして、ユダヤの諸会堂で教を説かれた。</blockquote>
 
主イエスキリストを信じるなら、救われます。癒されます。
信じるあなたに神の御言葉は成就するのです。
御言葉は霊の糧（パン）なのです。
生きる者となったあなたには霊の糧が必要なのです。
もし糧（パン）を得ないなら、あなたは生きることができません。
申8:3 それで主はあなたを苦しめ、あなたを飢えさせ、あなたも知らず、あなたの先祖たちも知らなかったマナをもって、あなたを養われた。人はパンだけでは生きず、人は主の口から出るすべてのことばによって生きることをあなたに知らせるためであった。
神は愛する者に生きるためにパン（御言葉）が必要である事を知らせて下さっています。
得ることができる時にしっかりいただきましょう。]]></description>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">麗鳴(うらなり)　さんの　メッセージ</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 05 Dec 2011 20:21:06 +0900</pubDate>
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      <item>
         <title>火を燃やし、たいまつをともす者よ</title>
         <description><![CDATA[<blockquote>イザヤ
50:1 主はこう言われる、「わたしがあなたがたの母を去らせたその離縁状は、どこにあるか。わたしはどの債主にあなたがたを売りわたしたか。見よ、あなたがたは、その不義のために売られ、あなたがたの母は、あなたがたのとがのために出されたのだ。
50:2 わたしが来たとき、なぜひとりもいなかったか。わたしが呼んだとき、なぜひとりも答える者がなかったか。わたしの手が短くて、あがなうことができないのか。わたしは救う力を持たないのか。見よ、わたしが、しかると海はかれ、川は荒野となり、その中の魚は水がないために、かわき死んで悪臭を放つ。
50:3 わたしは黒い衣を天に着せ、荒布をもってそのおおいとする」。
50:4 主なる神は教をうけた者の舌をわたしに与えて、疲れた者を言葉をもって助けることを知らせ、また朝ごとにさまし、わたしの耳をさまして、教をうけた者のように聞かせられる。
50:5 主なる神はわたしの耳を開かれた。わたしは、そむくことをせず、退くことをしなかった。
50:6 わたしを打つ者に、わたしの背をまかせ、わたしのひげを抜く者に、わたしのほおをまかせ、恥とつばきとを避けるために、顔をかくさなかった。
50:7 しかし主なる神はわたしを助けられる。それゆえ、わたしは恥じることがなかった。それゆえ、わたしは顔を火打石のようにした。わたしは決してはずかしめられないことを知る。
50:8 わたしを義とする者が近くおられる。だれがわたしと争うだろうか、われわれは共に立とう。わたしのあだはだれか、わたしの所へ近くこさせよ。
50:9 見よ、主なる神はわたしを助けられる。だれがわたしを罪に定めるだろうか。見よ、彼らは皆衣のようにふるび、しみのために食いつくされる。
50:10 あなたがたのうち主を恐れ、そのしもべの声に聞き従い、暗い中を歩いて光を得なくても、なお主の名を頼み、おのれの神にたよる者はだれか。
50:11 見よ、火を燃やし、たいまつをともす者よ、皆その火の炎の中を歩め、またその燃やした、たいまつの中を歩め。あなたがたは、これをわたしの手から受けて、苦しみのうちに伏し倒れる。
</blockquote>

信仰や行いが　伴っていないと　主からの導きもなければ　祝福もありません

主を信じるものは　見た目は同じ様に歩みますが最期が違います

主に省みられるよう　衣を洗い清めましょう。

自分でたいまつをは　ともし火として　道を照らしますが　苦しみの内に倒れる　とありますように

信仰に立たず　己の道を　正しくするものは苦しみ倒れます。又おのずから　悪事を選んでしまいます

私の経験からすれば　本当に最期の最期に　差が出るものです。



わたしの手が短くて、あがなうことができないのか。わたしは救う力を持たないのか。

<blockquote>イザ
59:1 見よ、主の手が短くて、救い得ないのではない。その耳が鈍くて聞き得ないのでもない。
59:2 ただ、あなたがたの不義があなたがたと、あなたがたの神との間を隔てたのだ。またあなたがたの罪が主の顔をおおったために、お聞きにならないのだ。
</blockquote>

とあります様に　何か自分の思い通りに成らない　から　といっても　それは　あなたの方に問題があ

ることが多いのです。

御心を知り　おそれ　かしこむ　ものとなりましょう

]]></description>
         <link>http://www.637200.net/2011/12/post_154.html</link>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">鹿男のメッセージ</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 05 Dec 2011 05:13:06 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>神は苦しむ者をその苦しみによって救い、彼らの耳を逆境によって開かれる。</title>
         <description><![CDATA[聖書　Ⅰペテロ4章
<blockquote>一ペテ
 4:1 このように、キリストは肉において苦しまれたのであるから、あなたがたも同じ覚悟で心の武装をしなさい。肉において苦しんだ人は、それによって罪からのがれたのである。
 4:2 それは、肉における残りの生涯を、もはや人間の欲情によらず、神の御旨によって過ごすためである。
 4:3 過ぎ去った時代には、あなたがたは、異邦人の好みにまかせて、好色、欲情、酔酒、宴楽、暴飲、気ままな偶像礼拝などにふけってきたが、もうそれで十分であろう。
 4:4 今はあなたがたが、そうした度を過ごした乱行に加わらないので、彼らは驚きあやしみ、かつ、ののしっている。
 4:5 彼らは、やがて生ける者と死ねる者とをさばくかたに、申し開きをしなくてはならない。
 4:6 死人にさえ福音が宣べ伝えられたのは、彼らは肉においては人間としてさばきを受けるが、霊においては神に従って生きるようになるためである。
 4:7 万物の終りが近づいている。だから、心を確かにし、身を慎んで、努めて祈りなさい。
 4:8 何よりもまず、互の愛を熱く保ちなさい。愛は多くの罪をおおうものである。
 4:9 不平を言わずに、互にもてなし合いなさい。
 4:10 あなたがたは、それぞれ賜物をいただいているのだから、神のさまざまな恵みの良き管理人として、それをお互のために役立てるべきである。
 4:11 語る者は、神の御言を語る者にふさわしく語り、奉仕する者は、神から賜わる力による者にふさわしく奉仕すべきである。それは、すべてのことにおいてイエス・キリストによって、神があがめられるためである。栄光と力とが世々限りなく、彼にあるように、アァメン。
 4:12 愛する者たちよ。あなたがたを試みるために降りかかって来る火のような試錬を、何か思いがけないことが起ったかのように驚きあやしむことなく、
 4:13 むしろ、キリストの苦しみにあずかればあずかるほど、喜ぶがよい。それは、キリストの栄光が現れる際に、よろこびにあふれるためである。
 4:14 キリストの名のためにそしられるなら、あなたがたはさいわいである。その時には、栄光の霊、神の霊が、あなたがたに宿るからである。
 4:15 あなたがたのうち、だれも、人殺し、盗人、悪を行う者、あるいは、他人に干渉する者として苦しみに会うことのないようにしなさい。
 4:16 しかし、クリスチャンとして苦しみを受けるのであれば、恥じることはない。かえって、この名によって神をあがめなさい。
 4:17 さばきが神の家から始められる時がきた。それが、わたしたちからまず始められるとしたら、神の福音に従わない人々の行く末は、どんなであろうか。
 4:18 また義人でさえ、かろうじて救われるのだとすれば、不信なる者や罪人は、どうなるであろうか。
 4:19 だから、神の御旨に従って苦しみを受ける人々は、善をおこない、そして、真実であられる創造者に、自分のたましいをゆだねるがよい。</blockquote>
 
クリスチャン人生には苦しみが伴います。
「何故苦しみから救われるためにクリスチャンになったのに苦しまなければならないのか？そのために神を信じたのに」という人もおられることでしょう。
クリスチャンとしての苦しみと一般的人生を生きる上での苦しみは異なります。
今回はクリスチャンとしての苦しみについて少し見てゆきたいと思います。
 
<blockquote>詩
119:71
苦しみにあったことは、わたしに良い事です。これによってわたしはあなたのおきてを／学ぶことができました。
 </blockquote>
主のおきてを知らないということはクリスチャンにとっては命取りです。
「神は愛なり」です。
愛なる神は私たちクリスチャンを無駄に苦しませたりなさるお方ではありません。
全ての苦しみには意味があるのです。
 
<blockquote>ヘブル
5:7 キリストは、その肉の生活の時には、激しい叫びと涙とをもって、ご自分を死から救う力のあるかたに、祈と願いとをささげ、そして、その深い信仰のゆえに聞きいれられたのである。
 5:8 彼は御子であられたにもかかわらず、さまざまの苦しみによって従順を学び、
 5:9 そして、全き者とされたので、彼に従順であるすべての人に対して、永遠の救の源となり、
 5:10 神によって、メルキゼデクに等しい大祭司と、となえられたのである。
 5:11 このことについては、言いたいことがたくさんあるが、あなたがたの耳が鈍くなっているので、それを説き明かすことはむずかしい。
一ペテ
 5:9 この悪魔にむかい、信仰にかたく立って、抵抗しなさい。あなたがたのよく知っているとおり、全世界にいるあなたがたの兄弟たちも、同じような苦しみの数々に会っているのである。
 5:10 あなたがたをキリストにある永遠の栄光に招き入れて下さったあふるる恵みの神は、しばらくの苦しみの後、あなたがたをいやし、強め、力づけ、不動のものとして下さるであろう。
 </blockquote>
悪魔がいるのです。この世は悪しき者の支配下なのですから。
この事を忘れて生活するなら、戦う対象がわからないですし、
神の求めていらっしゃる「祈り」についてもわからないでしょう。
我々はイエスキリストの御足跡に従う者ですから、当然苦しみを受けるのです。
悪しき者の手から神のもとへ、クリスチャンとなった我々が悪魔の攻撃の対象となる理由もイエス様の歩まれた道を見るなら容易に理解できますね。
 
<blockquote>一ペテ
 2:19 もしだれかが、不当な苦しみを受けても、神を仰いでその苦痛を耐え忍ぶなら、それはよみせられることである。
 2:20 悪いことをして打ちたたかれ、それを忍んだとしても、なんの手柄になるのか。しかし善を行って苦しみを受け、しかもそれを耐え忍んでいるとすれば、これこそ神によみせられることである。
 2:21 あなたがたは、実に、そうするようにと召されたのである。キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、御足の跡を踏み従うようにと、模範を残されたのである。
 2:22 キリストは罪を犯さず、その口には偽りがなかった。
 2:23 ののしられても、ののしりかえさず、苦しめられても、おびやかすことをせず、正しいさばきをするかたに、いっさいをゆだねておられた。
 2:24 さらに、わたしたちが罪に死に、義に生きるために、十字架にかかって、わたしたちの罪をご自分の身に負われた。その傷によって、あなたがたは、いやされたのである。
 2:25 あなたがたは、羊のようにさ迷っていたが、今は、たましいの牧者であり監督であるかたのもとに、たち帰ったのである。
 </blockquote>
自分の悪によってではなく、主にあって苦しみを受けているあなたは幸いです。
主に従う故の苦しみは必ず主が報いて下さいます。
それはあなたにとって人生を振り向いた時、良きことであった事がわかります。
過去、主に従って苦しみを受けた預言者や弟子たちを模範に生きてゆきましょう。
そして、祈りに力を尽くして下さい。主はあなたの祈りを聞いておられます。
 
<blockquote>ヤコブ
 5:8 あなたがたも、主の来臨が近づいているから、耐え忍びなさい。心を強くしていなさい。
 5:9 兄弟たちよ。互に不平を言い合ってはならない。さばきを受けるかも知れないから。見よ、さばき主が、すでに戸口に立っておられる。
 5:10 兄弟たちよ。苦しみを耐え忍ぶことについては、主の御名によって語った預言者たちを模範にするがよい。
 5:11 忍び抜いた人たちはさいわいであると、わたしたちは思う。あなたがたは、ヨブの忍耐のことを聞いている。また、主が彼になさったことの結末を見て、主がいかに慈愛とあわれみとに富んだかたであるかが、わかるはずである。
 5:12 さて、わたしの兄弟たちよ。何はともあれ、誓いをしてはならない。天をさしても、地をさしても、あるいは、そのほかのどんな誓いによっても、いっさい誓ってはならない。むしろ、「しかり」を「しかり」とし、「否」を「否」としなさい。そうしないと、あなたがたは、さばきを受けることになる。
 5:13 あなたがたの中に、苦しんでいる者があるか。その人は、祈るがよい。喜んでいる者があるか。その人は、さんびするがよい。
 5:14 あなたがたの中に、病んでいる者があるか。その人は、教会の長老たちを招き、主の御名によって、オリブ油を注いで祈ってもらうがよい。
 5:15 信仰による祈は、病んでいる人を救い、そして、主はその人を立ちあがらせて下さる。かつ、その人が罪を犯していたなら、それもゆるされる。
 </blockquote>
主を仰ぎ見ましょう。
真実に神の子とされたクリスチャンかどうか、以下の聖句からわかりますね。
世もますます悪くなってきていますので、きっとクリスチャンとして真実に生きる者には苦難が絶えない事でしょう。
「今のこの時の苦しみは、やがてわたしたちに現されようとする栄光に比べると、言うに足りない。」と書かれていますね。
「やがてわたしたちに現されようとする栄光」を待ち望みつつ主に日々感謝をささげつつ生きてゆきましょう。
 
<blockquote>ロマ
 8:17 もし子であれば、相続人でもある。神の相続人であって、キリストと栄光を共にするために苦難をも共にしている以上、キリストと共同の相続人なのである。
 8:18 わたしは思う。今のこの時の苦しみは、やがてわたしたちに現されようとする栄光に比べると、言うに足りない。</blockquote>]]></description>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">麗鳴(うらなり)　さんの　メッセージ</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 28 Nov 2011 20:24:58 +0900</pubDate>
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      <item>
         <title>人の知恵</title>
         <description><![CDATA[<blockquote>詩篇
147:10 <strong>主は馬の力を喜ばれず、人の足をよみせられない。</strong>
147:11 主はおのれを恐れる者とそのいつくしみを望む者とをよみせられる。
</blockquote>
人の力でなしえる　業は　むなしい　ことです。
主を恐れ　祈り　示しを　待ちましょう　そうすれば　間違った　人生を　歩むことは
ありません。事業を継続させるのは大変ですが　本当に　主に示されて　その事業をされるなら　苦難も　喜びに　なるはずです。今一度　何をすべきか　求める必要がある人が多い　かも　知れません。今の働きが主によるものか　確かめてください。ただし　自分の主ですから　間違った者に仕えていれば　ほかの主　バール　に　使えていることに　なりますので　注意が必要です。

<blockquote>
伝道の書
12:11 知者の言葉は突き棒のようであり、またよく打った釘のようなものであって、ひとりの牧者から出た言葉が集められたものである。
12:12 <strong>わが子よ、これら以外の事にも心を用いよ。</strong>多くの書を作れば際限がない。多く学べばからだが疲れる。
12:13 事の帰する所は、すべて言われた。すなわち、<strong>神を恐れ、その命令を守れ。</strong>これはすべての人の本分である。
12:14 神はすべてのわざ、ならびにすべての隠れた事を善悪ともにさばかれるからである。
</blockquote>
12:13は詩篇の　箇所と　同じことを言っています。
知識は必要なものですが　神を恐れ、その命令を守らなければ　馬の力　人の足の速さ　に　なってしまいます。むなしいことに　力を　注ぐより　　主に導き求める人生のほうが　喜びがあるはずです。もちろん　肉の喜びではありませんから
ご利益メッセージには　騙されないで　くださいね。


ここからは　別の話ですが　伝道の書　コレヘト　の　部分に　黙示録と同じ　示しがありましたので　書いておきます。

<blockquote>12:2 また<strong>日や光や、月や星の暗くならない前に、雨の後にまた雲が帰らないうちに、そのようにせよ。</strong>
12:3 その日になると、家を守る者は震え、力ある人はかがみ、ひきこなす女は少ないために休み、窓からのぞく者の目はかすみ、
12:4 町の門は閉ざされる。その時ひきこなす音は低くなり、人は鳥の声によって起きあがり、歌の娘たちは皆、低くされる。
12:5 彼らはまた高いものを恐れる。恐ろしいものが道にあり、あめんどうは花咲き、いなごはその身をひきずり歩き、その欲望は衰え、人が永遠の家に行こうとするので、泣く人が、ちまたを歩きまわる。
12:6 その後、銀のひもは切れ、金の皿は砕け、水がめは泉のかたわらで破れ、車は井戸のかたわらで砕ける。
12:7 ちりは、もとのように土に帰り、霊はこれを授けた神に帰る。
</blockquote>

<blockquote>黙示6:12 小羊が第六の封印を解いた時、わたしが見ていると、大地震が起って、<blockquote>太陽は毛織の荒布のように黒くなり</blockquote>、月は全面、血のようになり、
6:13 天の星は、いちじくのまだ青い実が大風に揺られて振り落されるように、地に落ちた。</blockquote>


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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">鹿男のメッセージ</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 24 Nov 2011 05:43:54 +0900</pubDate>
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      <item>
         <title>「実」</title>
         <description><![CDATA[
聖書　Ⅱテモテ3章
<blockquote>二テモ
3:1 しかし、このことは知っておかねばならない。終りの時には、苦難の時代が来る。
 3:2 その時、人々は自分を愛する者、金を愛する者、大言壮語する者、高慢な者、神をそしる者、親に逆らう者、恩を知らぬ者、神聖を汚す者、
 3:3 無情な者、融和しない者、そしる者、無節制な者、粗暴な者、善を好まない者、
 3:4 裏切り者、乱暴者、高言をする者、神よりも快楽を愛する者、
 3:5 信心深い様子をしながらその実を捨てる者となるであろう。こうした人々を避けなさい。
 3:6 彼らの中には、人の家にもぐり込み、そして、さまざまの欲に心を奪われて、多くの罪を積み重ねている愚かな女どもを、とりこにしている者がある。
 3:7 彼女たちは、常に学んではいるが、いつになっても真理の知識に達することができない。
 3:8 ちょうど、ヤンネとヤンブレとがモーセに逆らったように、こうした人々も真理に逆らうのである。彼らは知性の腐った、信仰の失格者である。
 3:9 しかし、彼らはそのまま進んでいけるはずがない。彼らの愚かさは、あのふたりの場合と同じように、多くの人に知れて来るであろう。
 3:10 しかしあなたは、わたしの教、歩み、こころざし、信仰、寛容、愛、忍耐、
 3:11 それから、わたしがアンテオケ、イコニオム、ルステラで受けた数々の迫害、苦難に、よくも続いてきてくれた。そのひどい迫害にわたしは耐えてきたが、主はそれらいっさいのことから、救い出して下さったのである。
 3:12 いったい、キリスト・イエスにあって信心深く生きようとする者は、みな、迫害を受ける。
 3:13 悪人と詐欺師とは人を惑わし人に惑わされて、悪から悪へと落ちていく。
 3:14 しかし、あなたは、自分が学んで確信しているところに、いつもとどまっていなさい。あなたは、それをだれから学んだか知っており、
 3:15 また幼い時から、聖書に親しみ、それが、キリスト・イエスに対する信仰によって救に至る知恵を、あなたに与えうる書物であることを知っている。
 3:16 聖書は、すべて神の霊感を受けて書かれたものであって、人を教え、戒め、正しくし、義に導くのに有益である。
 3:17 それによって、神の人が、あらゆる良いわざに対して十分な準備ができて、完全にととのえられた者になるのである。</blockquote>
 
「実」といえばガラテヤ書の御霊の実を思い起こす方が多いと思いまが、今回は少し違った側面からも見てゆきたいと思います。
<blockquote>黙
3:9 見よ、サタンの会堂に属する者、すなわち、ユダヤ人と自称してはいるが、その実ユダヤ人でなくて、偽る者たち
黙
 2:2悪い者たちをゆるしておくことができず、使徒と自称してはいるが、その実、使徒でない者たちをためしてみて、にせ者であると見抜いたことも、知っている。</blockquote>
この黙示録の個所は明らかに神から出たものではないもの、偽物、悪しき者が混じりこんでいることを意味するものでしょうから警戒が必要です。避けなければならない人々ということも本文には書かれていましたね。
しかし、神によって新生した聖徒であっても完全な人間はひとりもいません。ですから、聖書によらず自分の考えによって歩むなら、「実」は悪いものも出てきます。ですから自分にどのような信仰の実が現れているかによって自分自身も吟味できるでしょう。
 <blockquote>
ヤコブ
 2:8 しかし、もしあなたがたが、「自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ」という聖書の言葉に従って、このきわめて尊い律法を守るならば、それは良いことである。
2:13 あわれみを行わなかった者に対しては、仮借のないさばきが下される。あわれみは、さばきにうち勝つ。
 2:14 わたしの兄弟たちよ。ある人が自分には信仰があると称していても、もし行いがなかったら、なんの役に立つか。その信仰は彼を救うことができるか。
 2:15 ある兄弟または姉妹が裸でいて、その日の食物にもこと欠いている場合、
 2:16 あなたがたのうち、だれかが、「安らかに行きなさい。暖まって、食べ飽きなさい」と言うだけで、そのからだに必要なものを何ひとつ与えなかったとしたら、なんの役に立つか。
 2:17 信仰も、それと同様に、行いを伴わなければ、それだけでは死んだものである。
 2:18 しかし、「ある人には信仰があり、またほかの人には行いがある」と言う者があろう。それなら、行いのないあなたの信仰なるものを見せてほしい。そうしたら、わたしの行いによって信仰を見せてあげよう。
 2:19 あなたは、神はただひとりであると信じているのか。それは結構である。悪霊どもでさえ、信じておののいている。
 2:20 ああ、愚かな人よ。行いを伴わない信仰のむなしいことを知りたいのか。
 2:21 わたしたちの父祖アブラハムは、その子イサクを祭壇にささげた時、行いによって義とされたのではなかったか。
 2:22 あなたが知っているとおり、彼においては、信仰が行いと共に働き、その行いによって信仰が全うされ、
 2:23 こうして、「アブラハムは神を信じた。それによって、彼は義と認められた」という聖書の言葉が成就し、そして、彼は「神の友」と唱えられたのである。
 2:24 これでわかるように、人が義とされるのは、行いによるのであって、信仰だけによるのではない。
 2:25 同じように、かの遊女ラハブでさえも、使者たちをもてなし、彼らを別な道から送り出した時、行いによって義とされたではないか。
 2:26 霊魂のないからだが死んだものであると同様に、行いのない信仰も死んだものなのである。
 </blockquote>
行いという事が強調されていますが、言い換えれば「信仰の実」なのです。
生きた信仰を持っているのか、それとも口先だけなのか・・・。
ここで興味深いのは「あなたは、神はただひとりであると信じているのか。それは結構である。悪霊どもでさえ、信じておののいている。」と書かれています。
クリスチャンとしての実をあらわせているかどうかというのはある意味自分自身の信仰の表れといっても過言ではないでしょう。
 
<blockquote>ヤコブ
3:2 わたしたちは皆、多くのあやまちを犯すものである。もし、言葉の上であやまちのない人があれば、そういう人は、全身をも制御することのできる完全な人である。
 3:3 馬を御するために、その口にくつわをはめるなら、その全身を引きまわすことができる。
 3:4 また船を見るがよい。船体が非常に大きく、また激しい風に吹きまくられても、ごく小さなかじ一つで、操縦者の思いのままに運転される。
 3:5 それと同じく、舌は小さな器官ではあるが、よく大言壮語する。見よ、ごく小さな火でも、非常に大きな森を燃やすではないか。
 3:6 舌は火である。不義の世界である。舌は、わたしたちの器官の一つとしてそなえられたものであるが、全身を汚し、生存の車輪を燃やし、自らは地獄の火で焼かれる。
 3:7 あらゆる種類の獣、鳥、這うもの、海の生物は、すべて人類に制せられるし、また制せられてきた。
 3:8 ところが、舌を制しうる人は、ひとりもいない。それは、制しにくい悪であって、死の毒に満ちている。
 3:9 わたしたちは、この舌で父なる主をさんびし、また、その同じ舌で、神にかたどって造られた人間をのろっている。
 3:10 同じ口から、さんびとのろいとが出て来る。わたしの兄弟たちよ。このような事は、あるべきでない。
 3:11 泉が、甘い水と苦い水とを、同じ穴からふき出すことがあろうか。
 3:12 わたしの兄弟たちよ。いちじくの木がオリブの実を結び、ぶどうの木がいちじくの実を結ぶことができようか。塩水も、甘い水を出すことはできない。
 3:13 あなたがたのうちで、知恵があり物わかりのよい人は、だれであるか。その人は、知恵にかなう柔和な行いをしていることを、よい生活によって示すがよい。
 3:14 しかし、もしあなたがたの心の中に、苦々しいねたみや党派心をいだいているのなら、誇り高ぶってはならない。また、真理にそむいて偽ってはならない。
 3:15 そのような知恵は、上から下ってきたものではなくて、地につくもの、肉に属するもの、悪魔的なものである。
 3:16 ねたみと党派心とのあるところには、混乱とあらゆる忌むべき行為とがある。
 3:17 しかし上からの知恵は、第一に清く、次に平和、寛容、温順であり、あわれみと良い実とに満ち、かたより見ず、偽りがない。
 3:18 義の実は、平和を造り出す人たちによって、平和のうちにまかれるものである。</blockquote>
　
自分から現れてくる「実」については、それが自分自身の信仰のあらわれでしょう。
当然、怒りによって神の義を全うすることはできません。
「上からの知恵は、第一に清く、次に平和、寛容、温順であり、あわれみと良い実とに満ち、かたより見ず、偽りがない。 義の実は、平和を造り出す人たちによって、平和のうちにまかれるものである。」と書かれているようなものでありたいですね。もし、肉の実があらわれているなら悔い改めるしかありませんね。
神の前に偽ることはできません。幸いなことに、悔い改めるなら、神は我々を憐れんで下さいます。主の前にへりくだって御心にかなった祈りをする者の願いを拒まれる事はありません。
 
<blockquote>ヤコブ
1:19 愛する兄弟たちよ。このことを知っておきなさい。人はすべて、聞くに早く、語るにおそく、怒るにおそくあるべきである。
 1:20 人の怒りは、神の義を全うするものではないからである。
 1:21 だから、すべての汚れや、はなはだしい悪を捨て去って、心に植えつけられている御言を、すなおに受け入れなさい。御言には、あなたがたのたましいを救う力がある。
 1:22 そして、御言を行う人になりなさい。おのれを欺いて、ただ聞くだけの者となってはいけない。
 1:23 おおよそ御言を聞くだけで行わない人は、ちょうど、自分の生れつきの顔を鏡に映して見る人のようである。
 1:24 彼は自分を映して見てそこから立ち去ると、そのとたんに、自分の姿がどんなであったかを忘れてしまう。
 1:25 これに反して、完全な自由の律法を一心に見つめてたゆまない人は、聞いて忘れてしまう人ではなくて、実際に行う人である。こういう人は、その行いによって祝福される。
 1:26 もし人が信心深い者だと自任しながら、舌を制することをせず、自分の心を欺いているならば、その人の信心はむなしいものである。
 1:27 父なる神のみまえに清く汚れのない信心とは、困っている孤児や、やもめを見舞い、自らは世の汚れに染まずに、身を清く保つことにほかならない。
 </blockquote>
信仰の行いの実が現れている者であるかどうか？
自分自身を吟味することは大切な事です。悔い改めは聖霊様に取り扱っていただかなければ不可能ですから。悔い改める事が出来ることは感謝すべき事ですね。正しい道に立ち返ることができるのですから。
しかし、教会選びに関しては、聖書と異なる面があるなら近づかない方が賢明です。
今は悪い時代なのですから・・・。
聖霊様により頼み、祈り、しっかり聖書の御言葉にたちましょう。
神との関係を正しく持つことに力を尽くして下さい。]]></description>
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         <pubDate>Sun, 20 Nov 2011 06:47:51 +0900</pubDate>
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