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聖書からの教会への警告 Archive
聖書の読み方の例
12:1 また、大いなるしるしが天に現れた。ひとりの女が太陽を着て、足の下に月を踏み、その頭に十二の星の冠をかぶっていた。 12:2 この女は子を宿しており、産みの苦しみと悩みとのために、泣き叫んでいた。 黙示録12:3 また、もう一つのしるしが天に現れた。見よ、大きな、赤い龍がいた。それに七つの頭と十の角とがあり、その頭に七つの冠をかぶっていた。 12:4 その尾は天の星の三分の一を掃き寄せ、それらを地に投げ落した。龍は子を産もうとしている女の前に立ち、生れたなら、その子を食い尽そうとかまえていた。
12:1の意味をお解かりでしょうか この 星の意味は 紛れも無く創世記のヨセフの夢と同じです。 12:3の七つの頭と十の角は 同じ黙示録内で解説してある↓ 17:9 ここに、知恵のある心が必要である。七つの頭は、この女のすわっている七つの山であり、また、七人の王のことである。
このように七はここでは黙示録に出てくる7つの教会ということになります↓
1:20 あなたがわたしの右手に見た七つの星と、七つの金の燭台との奥義は、こうである。すなわち、七つの星は七つの教会の御使であり、七つの燭台は七つの教会である。
ここで何が 読み取れるのでしょうか? 赤いはこのケースでは 罪をあらわす 赤のように思います。
12の霊的イスラエル つまり 今の教会の3分の1がこの
獣 (教会と世界各国の王たちと 同調し)に地に投げ落とされる(霊的に殺される)という意味になります。
又これを 確認するかのように
12:18 そして、海の砂の上に立った。海辺の砂はアブラハムが祝福を受けたとき
に出てくる話で 海の砂の上に立つは 教会クリスチャンを支配すると 書いてあります。
つまり 統治主義 をいうキリスト教はピーターワグナー率いる第三の波である まさに クリスチャンを 異なった偽りの福音でクリスチャンを惑わせ地に投げ落とそうとしているのです。
もしあなたの 言っている教会が このサイトの動画に似た教会であれば 命にかかわります 地に投げ落とされないように
離れてください。
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ヤコブ4:1
ヤコブ4:1 あなたがたの中の戦いや争いは、いったい、どこから起るのか。それはほかではない。あなたがたの肢体の中で相戦う欲情からではないか。
4:2 あなたがたは、むさぼるが得られない。そこで人殺しをする。熱望するが手に入れることができない。そこで争い戦う。あなたがたは、求めないから得られないのだ。
4:3 求めても与えられないのは、快楽のために使おうとして、悪い求め方をするからだ。
4:4 不貞のやからよ。世を友とするのは、神への敵対であることを、知らないか。おおよそ世の友となろうと思う者は、自らを神の敵とするのである。
James 4
1From whence come wars and fightings among you? come they not hence, even of your lusts that war in your members?
2Ye lust, and have not: ye kill, and desire to have, and cannot obtain: ye fight and war, yet ye have not, because ye ask not.
3Ye ask, and receive not, because ye ask amiss, that ye may consume it upon your lusts.
4Ye adulterers and adulteresses, know ye not that the friendship of the world is enmity with God? whosoever therefore will be a friend of the world is the enemy of God.
the friendship of the world is enmity with God?
この世と親しくする者、は神の敵 になるということです。私たちの生活のなかで、ほしい物か一杯ありますが 何かいい物を見るとほしくなる時がありますが、幸いに私には、あまりありません。
教会で成功した人を紹介し、献金すると金持ちになる。と言うような 証をする所が良くあります。
私も最初は、その通りだと思っていました。しかし自分がその様な生活を望むなら、主に願い主に与えられなければ、不正であると言う事になります。それぞれに応じて与えられた物で満足しなさいと、聖書は
教えているのです。先に述べたように 金持ちになりたければ 献金しろ と言うのは この世の富を神に願うと言うことと同じになり、神の敵になると言う事です。
この様な願いは、かなえられるはずがありません、 私はこの様なことを 体験した事があります。間違った理解をしている指導者たちに 教えられていました。
後で気ずきましたが、今では後悔しています。
これは 間違ったバール信仰であるといえます。
ペンテコステやカリズマ系の教会でよくこの様な話を聞きました。
レベルの低い下賎な話であります。富が与えられないのは不正、自分の欲のためと書いてあります。
教会で卑しい方法で献金を集めなければ、不足が起こるのは その人たちの問題です。
だまして 金をあつめようという 魂胆が よくわかります。
ベニーヒム の集会で 封筒に名前を書いて献金して くれたら 大切な情報を お送りします。
といい 封筒をくばり 献金を集めました 、 しかし 未だ 何か情報など 送られてくる事はありません
適当に金集めをしている 詐欺やろう なのです 偽り者であるという証拠はこの サイトでも 沢山説明しています。
この様な偽教師を招く 関係者の脳みその異常さに 気ずくべきです。
又このいやらしい 金の集め方も 笑い飛ばしてやりましょう。そうでもしないと お金が集まらないのでしょう。
しかし 騙されて 献金したとしても 主に捧げた と 思い捧げた方には 私の経験から やはり 有効のように思います。が良くないことに 使われる様ですので 止めた方が良いと思います。
私は この様な アホな団体をやめてからの方が 祝福を頂いているようにおもいます。
私と同じ考えの方は勇気を持って行動してください。
献金とは捧げるものであり見返りを期待するものではありません。
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ヘブル書6:4
6:4 いったん、光を受けて天よりの賜物を味わい、聖霊にあずかる者となり、
6:5 また、神の良きみ言葉と、きたるべき世の力とを味わった者たちが、
6:6 そののち堕落した場合には、またもや神の御子を、自ら十字架につけて、さらしものにするわけであるから、ふたたび悔改めにたち帰ることは不可能である。
厳しいところばかり引用しますが、これも 書いてある事なので 書きます。
最近は、こういうところは 避けて メッセージするところが おおいです 人集めのためでしょう。
一度救われているのに 、 堕落すると 回復不可能とあります 例の 聖霊を汚すことは許されないという
箇所とならび 大変きつい 所です。
私たちは一度救いの道に預かれば 注意する必要があります。
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第二テモテ4:3
4:3 人々が健全な教に耐えられなくなり、耳ざわりのよい話をしてもらおうとして、自分勝手な好みにまかせて教師たちを寄せ集め、 4:4 そして、真理からは耳をそむけて、作り話の方にそれていく時が来るであろう。 4:5 しかし、あなたは、何事にも慎み、苦難を忍び、伝道者のわざをなし、自分の務を全うしなさい艱難前携挙説 献金也金説 100人殺しても救われる説 預言外れても吟味説 この様な聖書に無い作り話により 人を油断させる説は非常に危険です、又都合の良い預言を神から頂いたと言って人集めをしている教会も多いです。 私の経験によれば この手の人たちは 話題を取り上げて 話す時 集会で何人集まったとか どこの有名人が来ていたとか 御言葉とは関係ない事が話題のメインになる特徴があります。 御言葉がメインになり 初めて 主が御臨在されるのであります。 落ちぶれた新興宗教と 同じではいけません 惑わされてはいけません 勇気を持って御言葉で戦ってください。礼節を持って、その人たちに忠告しましょう。多くの人を惑わしから 救い出すためです。
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ぶどう園からのたとえ マタイ20
20:1 天国は、ある家の主人が、自分のぶどう園に労働者を雇うために、夜が明けると同時に、出かけて行くようなものである。 20:2 彼は労働者たちと、一日一デナリの約束をして、彼らをぶどう園に送った。 20:3 それから九時ごろに出て行って、他の人々が市場で何もせずに立っているのを見た。 20:4 そして、その人たちに言った、『あなたがたも、ぶどう園に行きなさい。相当な賃銀を払うから』。 20:5 そこで、彼らは出かけて行った。主人はまた、十二時ごろと三時ごろとに出て行って、同じようにした。 20:6 五時ごろまた出て行くと、まだ立っている人々を見たので、彼らに言った、『なぜ、何もしないで、一日中ここに立っていたのか』。 20:7 彼らが『だれもわたしたちを雇ってくれませんから』と答えたので、その人々に言った、『あなたがたも、ぶどう園に行きなさい』。 20:8 さて、夕方になって、ぶどう園の主人は管理人に言った、『労働者たちを呼びなさい。そして、最後にきた人々からはじめて順々に最初にきた人々にわたるように、賃銀を払ってやりなさい』。 20:9 そこで、五時ごろに雇われた人々がきて、それぞれ一デナリずつもらった。 20:10 ところが、最初の人々がきて、もっと多くもらえるだろうと思っていたのに、彼らも一デナリずつもらっただけであった。 20:11 もらったとき、家の主人にむかって不平をもらして 20:12 言った、『この最後の者たちは一時間しか働かなかったのに、あなたは一日じゅう、労苦と暑さを辛抱したわたしたちと同じ扱いをなさいました』。 20:13 そこで彼はそのひとりに答えて言った、『友よ、わたしはあなたに対して不正をしてはいない。あなたはわたしと一デナリの約束をしたではないか。 20:14 自分の賃銀をもらって行きなさい。わたしは、この最後の者にもあなたと同様に払ってやりたいのだ。 20:15 自分の物を自分がしたいようにするのは、当りまえではないか。それともわたしが気前よくしているので、ねたましく思うのか』。 20:16 このように、あとの者は先になり、先の者はあとになるであろう」。
本来kjvではこの最後に 例の 招かれるのもは多いが 選ばれるのもは少ないという 文章がある
が 省かれている
16So the last shall be first, and the first last: for many be called, but few chosen.20:14 自分の賃銀をもらって行きなさい。この行きなさいの意味は その場から離れる意味
20 14Take that thine is, and go thy way
何故でしょうか この文章が付くと全体の意味あい がはっきりする
最後の文章なしで 意味を読み取ると 公平さ と言う事 と 神の権威(主体と客体)についてのメーセージになりますが、 最後の文章がつくと これは 最初にたとえ話としての
20:1 天国は、ある家の主人が、自分のぶどう園に労働者を雇うために、夜が明けると同時に、出かけて行くようなものである。
とあるので 天国でのたとえ話と言う事になる、 ぶどう園は 天国である
そこに 最初から雇われていた労働者 が神の公平さに不平をいい 追い出され 招かれるのもは多いが選ばれるのもは 少ない と言っている これはゆ○や人に対する裁きを、天国から追い出されるたと書いているという 事になる
不都合なカタ が省くように命じたのでしょうか どなたが 削除したのでしょうか?
聖書の最後には こうあります
ヨハネ黙示録22:18 この書の預言の言葉を聞くすべての人々に対して、わたしは警告する。もしこれに書き加える者があれば、神はその人に、この書に書かれている災害を加えられる。
22:19 また、もしこの預言の書の言葉をとり除く者があれば、神はその人の受くべき分を、この書に書かれているいのちの木と聖なる都から、とり除かれる
18 For[i] I testify to everyone who hears the words of the prophecy of this book: If anyone adds to these things, God will add[j] to him the plagues that are written in this book; 19 and if anyone takes away from the words of the book of this prophecy, God shall take away[k] his part from the Book[l] of Life, from the holy city, and from the things which are written in this book.
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