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キリスト教会で起こった私の体験談 Archive

ペンテコステと福音派の矛盾点

ペンテコステと福音派私は両方のタイプの教会に所属したことがある
ペンテコステのうち まとも といわれているところでも パン種 のメッセージがよく聞かれる
経済の祝福と言う 名目で 派手な格好や贅沢を人に見せ 祝福を 強調するやり方である
これらは キリストの品性から 程遠く パン種 であり 又 人に 受けのよい パリサイ人の 方法とおなじである。いかにも 下賎 なやり方で すぐに 見破られる 彼らは 自分たちは 主に立てられた 器なので 間違っていれば 退けられる という のが 言い分であるが 主は猶予を「与えておられるだけである 悔い改め」なければ 間違いなく 裁きに会うであろう。
又聖霊の働きについても インチキを 信じなければ 貴方は 聖霊を 認めないのか と 言う しかしながら インチキを 聖霊の働きということ自体 罪であることを自覚しなければ ならない。
又通常の福音派でも 聖霊を認めない 教会など 存在しない 何か勘違いを しているのではないかと
思います。

福音派は聖書の 例え話の理解 など 関係がないと 思っている 
マタイによる福音書 / 13章 13節
だから、彼らにはたとえを用いて話すのだ。見ても見ず、聞いても聞かず、理解できないからである。

たとえ話を 理解しようとしないのは 聞いても悟らないからである。又おろかである。

彼らは一見 知性にあふれ 礼儀正しく すべてにおいて 完璧を 装っている が すぐに 見破ることが出来る 私は このような 人たちに 見下げられた ような 発言 を 何度も された
聖書を 神の言葉と 思わず 新興宗教として キリスト教 を 受け入れている 人たちが多い
御言葉 と生活が離れていて 御言葉の理解に 力がない

すべての 人や 教会が この様では ないですが 自分の事と考えた ほうが 命を 失わなくてすむであろう。

クリスチャンビジネスマンの会

私の以前所属していた クリスチャンビジネスマンの会 では フィジーのリバイバル で 
有名な牧師を 招きました この 牧師は ある 家族先に出てくるY家に 水と油と塩を混ぜて
家族で3週間祈りなさい と指示したそうです この家族は2週間いのりました
挙句の果て この家族の 知り合いが殺人をおかしました
この話(水と火と油の話)をきいて わたしは おかしい と思いましたが 
他のメンバーは誤解 だといいましたが 何が誤解か 説明などしません 
フィージーの えらい 牧師 が言うこと だから ということで
みんな 不思議がりません 聖書とは関係なく間違いなく 悪霊の働きでしょう
これを神のわざとは いえません。

この手の話が たくさんあります
私はこの事件依頼 何か 確かな物がみつかるまで 信用しないことにしました
この組織は 一致が大切だそうです 
違いは議論する 必要はないそうです
インドの xx牧師のときは
切れた 笑いをする おんな が ステージの上で げらげら 笑い
他の人も何か ぶ~ん と不思議な音がしていた とまで いいだしました
御言葉 とは なんの 関係もありません
分別がつく うち は いいですが まわり みんなが
全体にアホ化し何でも神の御技と言うようになってきたら まともな 方 ほど
 同意してしまいやすいでしょう
私のような 一見 礼儀知らずの きたない おっさん のほうが 
それは 違う と誰の目も 気にせず はっきり いえるのです

とんでもない事件 教会内でこんなことが あるのだろうか

この話は真実であり 強調などせず 私の意見をおりまぜて 書いてあります。

私がそもそも この様な活動をするように なったのは ある殺人事件
体験をした(と言っても私がしたわけではありません)が キッカケです。

それは数年前に知り合ったクリスチャンで当時40代半ばの男K についてである
彼は幼少期を 両親とあまり うまく行かず どちらかと言えば 不幸な 人生を送って来た生い立ちの持ち主である。kはクリスチャンでありながら 神を尊ばず 不遜でした。何かにつけ 愚痴が多く二心の人でした、

しかしながら 彼は教会に通い始めて間もなく私は 仕方が無い  面倒も 愛情のうちと思い彼が公正できればと 思っていました。しかしある日彼は悪魔宗教を作ると言い出し 計画を立て牧師に声明文を書いたのです。 さすがに 私は 彼に引導を渡し二度と おまえとは 付き合わぬ とハツキリ言い放ち いやな気分を味わったのです 

その後疎遠にしていましたが クリスチャンY家の経営する 喫茶店で顔を合わすように なりましたが
挨拶程度で話はしませんでした Kは Y家と交流があり 京都のOOチャーチ 元主の十字架 にKをよく連れて行っていました。Y家の所属するM教会の牧師は 癒しや 威厳その他聖霊の働きなどはない というような 牧師でした 

ooチャーチは第三の波系 (ooooる監修の教会だそうです。うわさだけで確証はありません)もとより所属教会を離れさせ あちこち 訳のわからない 教会に連れまわしていました。

暫くして 耳に入ったのは なんと Kが殺人事件を起こしたのです。
付き合っていたクリスチャンの同年代の女性をメッタ突きにし その上放火したのです。

ローマ書
6:13 また、あなたがたの肢体を不義の武器として罪にささげてはならない。むしろ、死人の中から生かされた者として、自分自身を神にささげ、自分の肢体を義の武器として神にささげるがよい。
6:14 なぜなら、あなたがたは律法の下にあるのではなく、恵みの下にあるので、罪に支配されることはないからである。
6:15 それでは、どうなのか。律法の下にではなく、恵みの下にあるからといって、わたしたちは罪を犯すべきであろうか。断じてそうではない。
6:16 あなたがたは知らないのか。あなたがた自身が、だれかの僕になって服従するなら、あなたがたは自分の服従するその者の僕であって、死に至る罪の僕ともなり、あるいは、義にいたる従順の僕ともなるのである。


Y家の反応は こうでした 彼が殺人をしても 神様は必ず許してくださる  そうです。
許されるかどうか は 神様が決まられる事です 。 勝手に この様に自分たちで決め そのように思い込むことが 危険である事を 知るべきだと私は思います。

Y家の人たちはその後懲りずに 始めたのは  oooーというネットワークビジネスでした
この会社のバックグラウンドは モルモン教だと 私は 聞きました。
身近な教会のクリスチャンたちを 集めてこの商売をしています。
又この商売を Y家にすすめたのは姫路 あoo にある教会の牧師婦人でした

ヨハネ福音
2:14 そして牛、羊、はとを売る者や両替する者などが宮の庭にすわり込んでいるのをごらんになって、
2:15 なわでむちを造り、羊も牛もみな宮から追いだし、両替人の金を散らし、その台をひっくりかえし、
2:16 はとを売る人々には「これらのものを持って、ここから出て行け。わたしの父の家を商売の家とするな」と言われた。


彼女は 私にこの商売をしつこく 勧め 断ると 悪態をついて 立ち去りました
後に同じように勧誘された私の友人には (ダビデモ祝福され金持ちだったでしょう あなたも この仕事をして 金持ちになりなさい と 半ば 強引に 進められたそうです。

このテ の商売は 本当は自分の利益のため に 物を売ろうと しているのに 
人のために売っている と勘違いさせている事だと 思います。
この様に振舞うなら これは 大変な偽善者であります
し法には触れないよう うまくシステムを作ってありますが SIN 道徳・宗教上の)罪, 罪悪, 罪業
になると 思います。

私は この時点で この人たちに愛想をつかし 放っておけば 良かったのですが 

つずく

エゼキエル書とこのサイトの意義

33:1 主の言葉がわたしに臨んだ、


33:2 「人の子よ、あなたの民の人々に語って言え、わたしがつるぎを一つの国に臨ませる時、その国の民が彼らのうちからひとりを選んで、これを自分たちの見守る者とする。


33:3 彼は国につるぎが臨むのを見て、ラッパを吹き、民を戒める。


33:4 しかし人がラッパの音を聞いても、みずから警戒せず、ついにつるぎが来て、その人を殺したなら、その血は彼のこうべに帰する。


33:5 彼はラッパの音を聞いて、みずから警戒しなかったのであるから、その血は彼自身に帰する。しかしその人が、みずから警戒したなら、その命は救われる。


33:6 しかし見守る者が、つるぎの臨むのを見ても、ラッパを吹かず、そのため民が、みずから警戒しないでいるうちに、つるぎが臨み、彼らの中のひとりを失うならば、その人は、自分の罪のために殺されるが、わたしはその血の責任を、見守る者の手に求める。

私はこのサイトにある様な事を書くとき 聖書の 

マタイ12:31 だから、あなたがたに言っておく。人には、その犯すすべての罪も神を汚す言葉も、ゆるされる。しかし、聖霊を汚す言葉は、ゆるされることはない。 12:32 また人の子に対して言い逆らう者は、ゆるされるであろう。しかし、聖霊に対して言い逆らう者は、この世でも、きたるべき世でも、ゆるされることはない。

と言う言葉を思い出します 。 が 資料を調べ 自分自身の体験した御言葉との相違から確信を得ました。ですから 私が間違っていれば 許される事がない と言う事を 覚悟しています
 
皆様に危険と 騙されないように する 警告を するように 御言葉を いただいて この様なサイトを作っています。 

第三の波系の教会の方々が反論しそれが事実でないのであれば あなたたちは 悪例を聖霊 だと言っている事になります その様な事は 罪であり これも同様に 神様の怒りを 買う様になります。
事実大変多くの嘘がまかり通っており それらは はっきりしています。
その事を覚悟して反論されるなら反論してください。 簡単に反論され 事実でないことや 嘘を真実と言われると、どれだけ 大きな罪かよく 認知して 行動され言動される事を希望いたします

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