<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
   <title>クリスチャン,キリスト教,への警告</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.637200.net/" />
   <link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://www.637200.net/atom.xml" />
   <id>tag:www.637200.net,2012://5</id>
   <updated>2012-05-14T08:37:37Z</updated>
   <subtitle>クリスチャン,キリスト教会,への警告　たとえ話で明らかになる　再臨のキリストを裏切るのは教会だ
　マタイ13:35 これは預言者によって言われたことが、成就するためである、「わたしは口を開いて譬を語り、世の初めから隠されていることを語り出そう」。</subtitle>
   <generator uri="http://www.sixapart.com/movabletype/">Movable Type 3.35</generator>


<entry>
   <title>盲人の目をあけられるお方</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.637200.net/2012/05/post_178.html" />
   <id>tag:www.637200.net,2012://5.22134</id>
   
   <published>2012-05-14T08:36:20Z</published>
   <updated>2012-05-14T08:37:37Z</updated>
   
   <summary> 聖書　ヨハネ9章 ヨハ 9:1 イエスが道をとおっておられるとき、生れつきの盲...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
      <category term="麗鳴(うらなり)　さんの　メッセージ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.637200.net/">
      <![CDATA[
<blockquote>聖書　ヨハネ9章
ヨハ
9:1 イエスが道をとおっておられるとき、生れつきの盲人を見られた。
 9:2 弟子たちはイエスに尋ねて言った、「先生、この人が生れつき盲人なのは、だれが罪を犯したためですか。本人ですか、それともその両親ですか」。
 9:3 イエスは答えられた、「本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである。
 9:4 わたしたちは、わたしをつかわされたかたのわざを、昼の間にしなければならない。夜が来る。すると、だれも働けなくなる。
 9:5 わたしは、この世にいる間は、世の光である」。
 9:6 イエスはそう言って、地につばきをし、そのつばきで、どろをつくり、そのどろを盲人の目に塗って言われた、
 9:7 「シロアム（つかわされた者、の意）の池に行って洗いなさい」。そこで彼は行って洗った。そして見えるようになって、帰って行った。
 9:8 近所の人々や、彼がもと、こじきであったのを見知っていた人々が言った、「この人は、すわってこじきをしていた者ではないか」。
 9:9 ある人々は「その人だ」と言い、他の人々は「いや、ただあの人に似ているだけだ」と言った。しかし、本人は「わたしがそれだ」と言った。
 9:10 そこで人々は彼に言った、「では、おまえの目はどうしてあいたのか」。
 9:11 彼は答えた、「イエスというかたが、どろをつくって、わたしの目に塗り、『シロアムに行って洗え』と言われました。それで、行って洗うと、見えるようになりました」。
 9:12 人々は彼に言った、「その人はどこにいるのか」。彼は「知りません」と答えた。
 9:13 人々は、もと盲人であったこの人を、パリサイ人たちのところにつれて行った。
 9:14 イエスがどろをつくって彼の目をあけたのは、安息日であった。
 9:15 パリサイ人たちもまた、「どうして見えるようになったのか」、と彼に尋ねた。彼は答えた、「あのかたがわたしの目にどろを塗り、わたしがそれを洗い、そして見えるようになりました」。
 9:16 そこで、あるパリサイ人たちが言った、「その人は神からきた人ではない。安息日を守っていないのだから」。しかし、ほかの人々は言った、「罪のある人が、どうしてそのようなしるしを行うことができようか」。そして彼らの間に分争が生じた。
 9:17 そこで彼らは、もう一度この盲人に聞いた、「おまえの目をあけてくれたその人を、どう思うか」。「預言者だと思います」と彼は言った。
 9:18 ユダヤ人たちは、彼がもと盲人であったが見えるようになったことを、まだ信じなかった。ついに彼らは、目が見えるようになったこの人の両親を呼んで、
 9:19 尋ねて言った、「これが、生れつき盲人であったと、おまえたちの言っているむすこか。それではどうして、いま目が見えるのか」。
 9:20 両親は答えて言った、「これがわたしどものむすこであること、また生れつき盲人であったことは存じています。
 9:21 しかし、どうしていま見えるようになったのか、それは知りません。また、だれがその目をあけて下さったのかも知りません。あれに聞いて下さい。あれはもうおとなですから、自分のことは自分で話せるでしょう」。
 9:22 両親はユダヤ人たちを恐れていたので、こう答えたのである。それは、もしイエスをキリストと告白する者があれば、会堂から追い出すことに、ユダヤ人たちが既に決めていたからである。
 9:23 彼の両親が「おとなですから、あれに聞いて下さい」と言ったのは、そのためであった。
 9:24 そこで彼らは、盲人であった人をもう一度呼んで言った、「神に栄光を帰するがよい。あの人が罪人であることは、わたしたちにはわかっている」。
 9:25 すると彼は言った、「あのかたが罪人であるかどうか、わたしは知りません。ただ一つのことだけ知っています。わたしは盲人であったが、今は見えるということです」。
 9:26 そこで彼らは言った、「その人はおまえに何をしたのか。どんなにしておまえの目をあけたのか」。
 9:27 彼は答えた、「そのことはもう話してあげたのに、聞いてくれませんでした。なぜまた聞こうとするのですか。あなたがたも、あの人の弟子になりたいのですか」。
 9:28 そこで彼らは彼をののしって言った、「おまえはあれの弟子だが、わたしたちはモーセの弟子だ。
 9:29 モーセに神が語られたということは知っている。だが、あの人がどこからきた者か、わたしたちは知らぬ」。
 9:30 そこで彼が答えて言った、「わたしの目をあけて下さったのに、そのかたがどこからきたか、ご存じないとは、不思議千万です。
 9:31 わたしたちはこのことを知っています。神は罪人の言うことはお聞きいれになりませんが、神を敬い、そのみこころを行う人の言うことは、聞きいれて下さいます。
 9:32 生れつき盲人であった者の目をあけた人があるということは、世界が始まって以来、聞いたことがありません。
 9:33 もしあのかたが神からきた人でなかったら、何一つできなかったはずです」。
 9:34 これを聞いて彼らは言った、「おまえは全く罪の中に生れていながら、わたしたちを教えようとするのか」。そして彼を外へ追い出した。
 9:35 イエスは、その人が外へ追い出されたことを聞かれた。そして彼に会って言われた、「あなたは人の子を信じるか」。
 9:36 彼は答えて言った、「主よ、それはどなたですか。そのかたを信じたいのですが」。
 9:37 イエスは彼に言われた、「あなたは、もうその人に会っている。今あなたと話しているのが、その人である」。
 9:38 すると彼は、「主よ、信じます」と言って、イエスを拝した。
 9:39 そこでイエスは言われた、「わたしがこの世にきたのは、さばくためである。すなわち、見えない人たちが見えるようになり、見える人たちが見えないようになるためである」。
 9:40 そこにイエスと一緒にいたあるパリサイ人たちが、それを聞いてイエスに言った、「それでは、わたしたちも盲人なのでしょうか」。
 9:41 イエスは彼らに言われた、「もしあなたがたが盲人であったなら、罪はなかったであろう。しかし、今あなたがたが『見える』と言い張るところに、あなたがたの罪がある。
 </blockquote>
 
 
ヨハネ9:30 ―9:38
「主よ、それはどなたですか。そのかたを信じたいのですが」。イエスは彼に言われた、「あなたは、もうその人に会っている。今あなたと話しているのが、その人である」。
  すると彼は、「主よ、信じます」と言って、イエスを拝した。
 
神は盲人の目をあけられることのできるお方です
そして、真実に神を信じたいと神の前に来るものに、拝するものにご自身をあらわして下さり霊の目を開いてくださいます。
肉体的に盲人でないからといって何でも見えると言い切れるのかというとそうでもありません。ヨハネ9:39―9 :41
ですから、神を信じることも神によって可能となるのです。
見えている。信じていると自分で勝手に言うことはできますが、
神の御心にかなうには、神によってそのようにしていただくより他はないのです。
　私は見えているから信じているといっても、神の御旨にかなう信じ方でないなら、信じているとはいえず、結果はこの様であることも書かれています。
 
<blockquote>ヨブ
8:13 すべて神を忘れる者の道はこのとおりだ。神を信じない者の望みは滅びる。
13:16 これこそわたしの救となる。神を信じない者は、／神の前に出ることができないからだ。
20:5 悪しき人の勝ち誇はしばらくであって、／神を信じない者の楽しみは／ただつかのまであることを。
27:8 神が彼を断ち、その魂を抜きとられるとき、／神を信じない者になんの望みがあろう。
36:13 心に神を信じない者どもは怒りをたくわえ、／神に縛られる時も、助けを呼び求めることをしない。
一ヨハ
 5:10 神の子を信じる者は、自分のうちにこのあかしを持っている。神を信じない者は、神を偽り者とする。神が御子についてあかしせられたそのあかしを、信じていないからである。
 </blockquote>
神を信じるには、自分の心のままではなく、神の御心にかなって神によって信じさせていただかねば真実に信じることはできないのです。
「神を信じる」という事がどれほどすごい事なのか。
 
<blockquote>一ペテ
 1:21 あなたがたは、このキリストによって、彼を死人の中からよみがえらせて、栄光をお与えになった神を信じる者となったのであり、したがって、あなたがたの信仰と望みとは、神にかかっているのである。
ヤコブ
 2:23 こうして、「アブラハムは神を信じた。それによって、彼は義と認められた」という聖書の言葉が成就し、そして、彼は「神の友」と唱えられたのである。
 </blockquote>
光あるうちに、昼の間に、神のみもとに近づいて、
「主よ、それはどなたですか。そのかたを信じたいのですが」と
天地万物を造られた主なる神を信じさせていただかなければならないのです。]]>
      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>主を知る</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.637200.net/2012/05/post_177.html" />
   <id>tag:www.637200.net,2012://5.22133</id>
   
   <published>2012-05-07T11:04:07Z</published>
   <updated>2012-05-08T21:34:48Z</updated>
   
   <summary>聖書　ホセア6，7章 ホセ 6:1 「さあ、わたしたちは主に帰ろう。主はわたした...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
      <category term="麗鳴(うらなり)　さんの　メッセージ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.637200.net/">
      <![CDATA[<blockquote>聖書　ホセア6，7章
ホセ
6:1 「さあ、わたしたちは主に帰ろう。主はわたしたちをかき裂かれたが、またいやし、わたしたちを打たれたが、また包んでくださるからだ。
 6:2 主は、ふつかの後、わたしたちを生かし、三日目にわたしたちを立たせられる。わたしたちはみ前で生きる。
 6:3 わたしたちは主を知ろう、せつに主を知ることを求めよう。主はあしたの光のように必ず現れいで、冬の雨のように、わたしたちに臨み、春の雨のように地を潤される」。
 6:4 エフライムよ、わたしはあなたに何をしようか。ユダよ、わたしはあなたに何をしようか。あなたがたの愛はあしたの雲のごとく、また、たちまち消える露のようなものである。
 6:5 それゆえ、わたしは預言者たちによって／彼らを切り倒し、わが口の言葉をもって彼らを殺した。わがさばきは現れ出る光のようだ。
 6:6 わたしはいつくしみを喜び、犠牲を喜ばない。燔祭よりもむしろ神を知ることを喜ぶ。
 6:7 ところが彼らはアダムで契約を破り、かしこでわたしにそむいた。
 6:8 ギレアデは悪を行う者の町で、血の足跡で満たされている。
 6:9 盗賊が人を待ち伏せするように、祭司たちは党を組み、シケムへ行く道で人を殺す。このように彼らは悪しき事を行う。
 6:10 わたしはイスラエルの家に恐るべき事を見た。かしこでエフライムは淫行をなし、イスラエルは汚された。
 6:11 ユダよ、あなたのためにも刈入れが定められている。わたしがわが民の繁栄を回復するとき、
 7:1 わたしがイスラエルをいやすとき、エフライムの不義と、サマリヤの悪しきわざとは現れる。彼らは偽りをおこない、内では盗びとが押し入り、外では山賊の群れが襲いきたる。
 7:2 しかし、彼らはわたしが彼らのすべての悪を／覚えていることを悟らない。今、そのわざは彼らを囲んで、わたしの顔の前にある。
 7:3 彼らはその悪をもって王を喜ばせ、その偽りをもって君たちを喜ばせる。
 7:4 彼らはみな姦淫を行う者で、パンを焼く者が熱くする炉のようだ。パンを焼く者は、ねり粉をこねてから、それがふくれるまで、しばらく、火をおこす事をしないだけだ。
 7:5 われわれの王の日に、つかさたちは酒の熱によって病みわずらい、王はあざける者と共に手を伸べた。
 7:6 彼らは陰謀をもってその心を炉のように燃やす。その怒りは夜通しくすぶり、朝になると炎のように燃える。
 7:7 彼らは皆、炉のように熱くなって、そのさばきびとを焼き滅ぼす。そのもろもろの王は皆たおれる。彼らの中にはわたしを呼ぶ者がひとりもない。
 7:8 エフライムはもろもろの民の中に入り混じる。エフライムは火にかけて、かえさない菓子である。
 7:9 他国人らは彼の力を食い尽すが、彼はそれを知らない。しらがが混じってはえても、それを悟らない。
 7:10 イスラエルの誇は自らに向かって証言している、彼らはこのもろもろの事があっても、なおその神、主に帰らず、また主を求めない。
 7:11 エフライムは知恵のない愚かな、はとのようだ。彼らはエジプトに向かって呼び求め、またアッスリヤへ行く。
 7:12 彼らが行くとき、わたしは彼らの上に網を張って、空の鳥のように引き落し、その悪しきおこないのゆえに、彼らを懲らしめる。
 7:13 わざわいなるかな、彼らはわたしを離れて迷い出た。滅びは彼らに臨む。彼らがわたしに向かって罪を犯したからだ。わたしは彼らをあがなおうと思うが、彼らはわたしに逆らって偽りを言う。
 7:14 彼らは真心をもってわたしを呼ばず、ただ床の上で悲しみ叫ぶ。彼らは穀物と酒のためには集まるが、わたしに逆らう。
 7:15 わたしは彼らを教え、その腕を強くしたが、彼らはわたしに逆らって、悪しき事をはかる。
 7:16 彼らはバアルに帰る。彼らはあざむく弓のようだ。彼らの君たちはその舌の高ぶりのために、つるぎに倒れる。これはエジプトの国で人々のあざけりとなる。</blockquote>
 
6:3 わたしたちは主を知ろう、せつに主を知ることを求めよう。と書かれています。
御言葉通り我々は主を知らなければなりません。
主を知ることなしにはまともな信仰生活は送れません。
もし、主を知っているつもりで知らずに信仰生活を送るなら、以下の様に書かれています。
 
<blockquote>ホセ
 5:4 彼らのおこないは彼らを神に帰らせない。それは淫行の霊が彼らのうちにあって、主を知ることができないからだ。
 5:5 イスラエルの誇はその顔に向かって証言している。エフライムはその不義によってつまずき、ユダもまた彼らと共につまずく。
イザ
1:11 主は言われる、「あなたがたがささげる多くの犠牲は、わたしになんの益があるか。わたしは雄羊の燔祭と、肥えた獣の脂肪とに飽いている。わたしは雄牛あるいは小羊、あるいは雄やぎの血を喜ばない。
 1:12 あなたがたは、わたしにまみえようとして来るが、だれが、わたしの庭を踏み荒すことを求めたか。
 1:13 あなたがたは、もはや、むなしい供え物を携えてきてはならない。薫香は、わたしの忌みきらうものだ。新月、安息日、また会衆を呼び集めること――わたしは不義と聖会とに耐えられない。
 1:14 あなたがたの新月と定めの祭とは、わが魂の憎むもの、それはわたしの重荷となり、わたしは、それを負うのに疲れた。
 1:15 あなたがたが手を伸べるとき、わたしは目をおおって、あなたがたを見ない。たとい多くの祈をささげても、わたしは聞かない。あなたがたの手は血まみれである。</blockquote>
 
まみえようとしてくる人や聖会を行うのは未信者でしょうか？
当然、信者でしょう。
なのに、主の憎まれるものになり、主は祈りを聞かず、また見ないと語られています。
主を真実に知る事がなければこれらの御言葉が成就してしまいます。
だから、我々は主を知らなければならないのです。
 
<blockquote>ヘブル
 8:10 わたしが、それらの日の後、イスラエルの家と立て／ようとする契約はこれである、と主が言われる。すなわち、わたしの律法を彼らの思いの中に入れ、／彼らの心に書きつけよう。こうして、わたしは彼らの神となり、／彼らはわたしの民となるであろう。
 8:11 彼らは、それぞれ、その同胞に、／また、それぞれ、その兄弟に、／主を知れ、と言って教えることはなくなる。なぜなら、大なる者から小なる者に至るまで、／彼らはことごとく、／わたしを知るようになるからである。
 8:12 わたしは、彼らの不義をあわれみ、／もはや、彼らの罪を思い出すことはしない」。
 </blockquote>
せつに主に帰り、主を知らなければなりません。
主の語りかけに耳を傾けなければなりません。
今回の聖書箇所が語りかけている事を受けとりましょう。]]>
      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>益</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.637200.net/2012/04/post_176.html" />
   <id>tag:www.637200.net,2012://5.22132</id>
   
   <published>2012-04-30T12:01:08Z</published>
   <updated>2012-04-30T12:03:09Z</updated>
   
   <summary>ヘブル12章 ヘブル  12:1 こういうわけで、わたしたちは、このような多くの...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
      <category term="麗鳴(うらなり)　さんの　メッセージ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.637200.net/">
      <![CDATA[ヘブル12章
<blockquote>ヘブル
 12:1 こういうわけで、わたしたちは、このような多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、いっさいの重荷と、からみつく罪とをかなぐり捨てて、わたしたちの参加すべき競走を、耐え忍んで走りぬこうではないか。
 12:2 信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか。彼は、自分の前におかれている喜びのゆえに、恥をもいとわないで十字架を忍び、神の御座の右に座するに至ったのである。
 12:3 あなたがたは、弱り果てて意気そそうしないために、罪人らのこのような反抗を耐え忍んだかたのことを、思いみるべきである。
 12:4 あなたがたは、罪と取り組んで戦う時、まだ血を流すほどの抵抗をしたことがない。
 12:5 また子たちに対するように、あなたがたに語られたこの勧めの言葉を忘れている、／「わたしの子よ、／主の訓練を軽んじてはいけない。主に責められるとき、弱り果ててはならない。
 12:6 主は愛する者を訓練し、／受けいれるすべての子を、／むち打たれるのである」。
 12:7 あなたがたは訓練として耐え忍びなさい。神はあなたがたを、子として取り扱っておられるのである。いったい、父に訓練されない子があるだろうか。
 12:8 だれでも受ける訓練が、あなたがたに与えられないとすれば、それこそ、あなたがたは私生子であって、ほんとうの子ではない。
 12:9 その上、肉親の父はわたしたちを訓練するのに、なお彼をうやまうとすれば、なおさら、わたしたちは、たましいの父に服従して、真に生きるべきではないか。
 12:10 肉親の父は、しばらくの間、自分の考えに従って訓練を与えるが、たましいの父は、わたしたちの益のため、そのきよさにあずからせるために、そうされるのである。
 12:11 すべての訓練は、当座は、喜ばしいものとは思われず、むしろ悲しいものと思われる。しかし後になれば、それによって鍛えられる者に、平安な義の実を結ばせるようになる。
 12:12 それだから、あなたがたのなえた手と、弱くなっているひざとを、まっすぐにしなさい。
 12:13 また、足のなえている者が踏みはずすことなく、むしろいやされるように、あなたがたの足のために、まっすぐな道をつくりなさい。
 12:14 すべての人と相和し、また、自らきよくなるように努めなさい。きよくならなければ、だれも主を見ることはできない。
 12:15 気をつけて、神の恵みからもれることがないように、また、苦い根がはえ出て、あなたがたを悩まし、それによって多くの人が汚されることのないようにしなさい。
 12:16 また、一杯の食のために長子の権利を売ったエサウのように、不品行な俗悪な者にならないようにしなさい。
 12:17 あなたがたの知っているように、彼はその後、祝福を受け継ごうと願ったけれども、捨てられてしまい、涙を流してそれを求めたが、悔改めの機会を得なかったのである。
 12:18 あなたがたが近づいているのは、手で触れることができ、火が燃え、黒雲や暗やみやあらしにつつまれ、
 12:19 また、ラッパの響や、聞いた者たちがそれ以上、耳にしたくないと願ったような言葉がひびいてきた山ではない。
 12:20 そこでは、彼らは、「けものであっても、山に触れたら、石で打ち殺されてしまえ」という命令の言葉に、耐えることができなかったのである。
 12:21 その光景が恐ろしかったのでモーセさえも、「わたしは恐ろしさのあまり、おののいている」と言ったほどである。
 12:22 しかしあなたがたが近づいているのは、シオンの山、生ける神の都、天にあるエルサレム、無数の天使の祝会、
 12:23 天に登録されている長子たちの教会、万民の審判者なる神、全うされた義人の霊、
 12:24 新しい契約の仲保者イエス、ならびに、アベルの血よりも力強く語るそそがれた血である。
 12:25 あなたがたは、語っておられるかたを拒むことがないように、注意しなさい。もし地上で御旨を告げた者を拒んだ人々が、罰をのがれることができなかったなら、天から告げ示すかたを退けるわたしたちは、なおさらそうなるのではないか。
 12:26 あの時には、御声が地を震わせた。しかし今は、約束して言われた、「わたしはもう一度、地ばかりでなく天をも震わそう」。
 12:27 この「もう一度」という言葉は、震われないものが残るために、震われるものが、造られたものとして取り除かれることを示している。
 12:28 このように、わたしたちは震われない国を受けているのだから、感謝をしようではないか。そして感謝しつつ、恐れかしこみ、神に喜ばれるように、仕えていこう。
 12:29 わたしたちの神は、実に、焼きつくす火である。</blockquote>
 
　我々は何故神を信じ、また信じ続けるのでしょう。
その答えが自分自身の益の為であるなら以下の様に書かれています。
 
<blockquote>マラ
3:13 主は言われる、あなたがたは言葉を激しくして、わたしに逆らった。しかもあなたがたは『われわれはあなたに逆らって、どんな事を言ったか』と言う。
 3:14 あなたがたは言った、『神に仕える事はつまらない。われわれがその命令を守り、かつ万軍の主の前に、悲しんで歩いたからといって、なんの益があるか。
 3:15 今われわれは高ぶる者を、祝福された者と思う。悪を行う者は栄えるばかりでなく、神を試みても罰せられない』」。
 3:16 そのとき、主を恐れる者は互に語った。主は耳を傾けてこれを聞かれた。そして主を恐れる者、およびその名を心に留めている者のために、主の前に一つの覚え書がしるされた。
 3:17 「万軍の主は言われる、彼らはわたしが手を下して事を行う日に、わたしの者となり、わたしの宝となる。また人が自分に仕える子をあわれむように、わたしは彼らをあわれむ。
 3:18 その時あなたがたは、再び義人と悪人、神に仕える者と、仕えない者との区別を知るようになる。
 </blockquote>
　我々は全知全能なる、生きておられる神を知ったので、その方を愛しているのです。
故に神は御霊を我々の内に宿らせて下さり御霊の内に歩ませてくださっているから、
神の御旨を、神の喜ばれる道を歩むように神に導かれているのです。
我々が神を父として生きる上でこの世は悪しき者の支配下なので
様々な困難があるでしょうし、神から受ける訓練もあるでしょう。
 
<blockquote>12:10 肉親の父は、しばらくの間、自分の考えに従って訓練を与えるが、たましいの父は、わたしたちの益のため、そのきよさにあずからせるために、そうされるのである。
 </blockquote>
神が我々の益の為にこれらの事をなさっている事を知るなら感謝ですね。
 
<blockquote>ロマ
 8:23 それだけではなく、御霊の最初の実を持っているわたしたち自身も、心の内でうめきながら、子たる身分を授けられること、すなわち、からだのあがなわれることを待ち望んでいる。
 8:24 わたしたちは、この望みによって救われているのである。しかし、目に見える望みは望みではない。なぜなら、現に見ている事を、どうして、なお望む人があろうか。
 8:25 もし、わたしたちが見ないことを望むなら、わたしたちは忍耐して、それを待ち望むのである。
 8:26 御霊もまた同じように、弱いわたしを助けて下さる。なぜなら、わたしたちはどう祈ったらよいかわからないが、御霊みずから、言葉にあらわせない切なるうめきをもって、わたしたちのためにとりなして下さるからである。
 8:27 そして、人の心を探り知るかたは、御霊の思うところがなんであるかを知っておられる。なぜなら、御霊は、聖徒のために、神の御旨にかなうとりなしをして下さるからである。
 8:28 神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。</blockquote>
 
本当に神を信じて愛しているのか、御霊に導かれて歩んでいるのか。
 
<blockquote>ロマ
 8:37 しかし、わたしたちを愛して下さったかたによって、わたしたちは、これらすべての事において勝ち得て余りがある。
 8:38 わたしは確信する。死も生も、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、力あるものも、
 8:39 高いものも深いものも、その他どんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスにおける神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのである。
 </blockquote>
真実に神を信じ、愛し、御霊に導かれているなら、様々な神からの訓練があっても
神は必ず益に変えて下さいます。
ヨブに対して悪魔がどのように語り働いたかが書かれています。
 
<blockquote>ヨブ(新共同訳）
 1:9 サタンは答えた。「ヨブが、利益もないのに神を敬うでしょうか。</blockquote>
 
我々の理解できないような事が起こった時に信仰が試されます。
あなたが御霊に導かれているなら必ず神の守りがあります。
 
<blockquote>ロマ
 8:39 高いものも深いものも、その他どんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスにおける神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのである。</blockquote>
 
全ての道で主を認めて下さい。
人間は自分の益しか考えないかもしれません。
しかし、神は我々の益のために事をなしてくださるのです。
<blockquote> 
 8:28 神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。</blockquote>
 ]]>
      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>どのように祈るべきか</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.637200.net/2012/04/post_175.html" />
   <id>tag:www.637200.net,2012://5.22131</id>
   
   <published>2012-04-23T10:48:50Z</published>
   <updated>2012-04-23T10:49:52Z</updated>
   
   <summary> 聖書　ローマ8章 ロマ  8:1 こういうわけで、今やキリスト・イエスにある者...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
      <category term="麗鳴(うらなり)　さんの　メッセージ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.637200.net/">
      <![CDATA[
聖書　ローマ8章
<blockquote>ロマ
 8:1 こういうわけで、今やキリスト・イエスにある者は罪に定められることがない。
 8:2 なぜなら、キリスト・イエスにあるいのちの御霊の法則は、罪と死との法則からあなたを解放したからである。
 8:3 律法が肉により無力になっているためになし得なかった事を、神はなし遂げて下さった。すなわち、御子を、罪の肉の様で罪のためにつかわし、肉において罪を罰せられたのである。
 8:4 これは律法の要求が、肉によらず霊によって歩くわたしたちにおいて、満たされるためである。
 8:5 なぜなら、肉に従う者は肉のことを思い、霊に従う者は霊のことを思うからである。
 8:6 肉の思いは死であるが、霊の思いは、いのちと平安とである。
 8:7 なぜなら、肉の思いは神に敵するからである。すなわち、それは神の律法に従わず、否、従い得ないのである。
 8:8 また、肉にある者は、神を喜ばせることができない。
 8:9 しかし、神の御霊があなたがたの内に宿っているなら、あなたがたは肉におるのではなく、霊におるのである。もし、キリストの霊を持たない人がいるなら、その人はキリストのものではない。
 8:10 もし、キリストがあなたがたの内におられるなら、からだは罪のゆえに死んでいても、霊は義のゆえに生きているのである。
 8:11 もし、イエスを死人の中からよみがえらせたかたの御霊が、あなたがたの内に宿っているなら、キリスト・イエスを死人の中からよみがえらせたかたは、あなたがたの内に宿っている御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだをも、生かしてくださるであろう。
 8:12 それゆえに、兄弟たちよ。わたしたちは、果すべき責任を負っている者であるが、肉に従って生きる責任を肉に対して負っているのではない。
 8:13 なぜなら、もし、肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬ外はないからである。しかし、霊によってからだの働きを殺すなら、あなたがたは生きるであろう。
 8:14 すべて神の御霊に導かれている者は、すなわち、神の子である。
 8:15 あなたがたは再び恐れをいだかせる奴隷の霊を受けたのではなく、子たる身分を授ける霊を受けたのである。その霊によって、わたしたちは「アバ、父よ」と呼ぶのである。
 8:16 御霊みずから、わたしたちの霊と共に、わたしたちが神の子であることをあかしして下さる。
 8:17 もし子であれば、相続人でもある。神の相続人であって、キリストと栄光を共にするために苦難をも共にしている以上、キリストと共同の相続人なのである。
 8:18 わたしは思う。今のこの時の苦しみは、やがてわたしたちに現されようとする栄光に比べると、言うに足りない。
 8:19 被造物は、実に、切なる思いで神の子たちの出現を待ち望んでいる。
 8:20 なぜなら、被造物が虚無に服したのは、自分の意志によるのではなく、服従させたかたによるのであり、
 8:21 かつ、被造物自身にも、滅びのなわめから解放されて、神の子たちの栄光の自由に入る望みが残されているからである。
 8:22 実に、被造物全体が、今に至るまで、共にうめき共に産みの苦しみを続けていることを、わたしたちは知っている。
 8:23 それだけではなく、御霊の最初の実を持っているわたしたち自身も、心の内でうめきながら、子たる身分を授けられること、すなわち、からだのあがなわれることを待ち望んでいる。
 8:24 わたしたちは、この望みによって救われているのである。しかし、目に見える望みは望みではない。なぜなら、現に見ている事を、どうして、なお望む人があろうか。
 8:25 もし、わたしたちが見ないことを望むなら、わたしたちは忍耐して、それを待ち望むのである。
 8:26 御霊もまた同じように、弱いわたしを助けて下さる。なぜなら、わたしたちはどう祈ったらよいかわからないが、御霊みずから、言葉にあらわせない切なるうめきをもって、わたしたちのためにとりなして下さるからである。
 8:27 そして、人の心を探り知るかたは、御霊の思うところがなんであるかを知っておられる。なぜなら、御霊は、聖徒のために、神の御旨にかなうとりなしをして下さるからである。
 8:28 神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。
 8:29 神はあらかじめ知っておられる者たちを、更に御子のかたちに似たものとしようとして、あらかじめ定めて下さった。それは、御子を多くの兄弟の中で長子とならせるためであった。
 8:30 そして、あらかじめ定めた者たちを更に召し、召した者たちを更に義とし、義とした者たちには、更に栄光を与えて下さったのである。
 8:31 それでは、これらの事について、なんと言おうか。もし、神がわたしたちの味方であるなら、だれがわたしたちに敵し得ようか。
 8:32 ご自身の御子をさえ惜しまないで、わたしたちすべての者のために死に渡されたかたが、どうして、御子のみならず万物をも賜わらないことがあろうか。
 8:33 だれが、神の選ばれた者たちを訴えるのか。神は彼らを義とされるのである。
 8:34 だれが、わたしたちを罪に定めるのか。キリスト・イエスは、死んで、否、よみがえって、神の右に座し、また、わたしたちのためにとりなして下さるのである。
 8:35 だれが、キリストの愛からわたしたちを離れさせるのか。患難か、苦悩か、迫害か、飢えか、裸か、危難か、剣か。
 8:36 「わたしたちはあなたのために終日、／死に定められており、／ほふられる羊のように見られている」／と書いてあるとおりである。
 8:37 しかし、わたしたちを愛して下さったかたによって、わたしたちは、これらすべての事において勝ち得て余りがある。
 8:38 わたしは確信する。死も生も、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、力あるものも、
 8:39 高いものも深いものも、その他どんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスにおける神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのである。
 </blockquote>
聖霊によって生かされているか、肉にあって生きているのか
このことが我々の信仰生活に大きく影響します。
御霊を持たない人と同じように生きるなら、彼らと同じ結末を迎えることになるでしょう。
しかし、御霊に導かれて生きるなら神の御旨にかなう者として歩んで行くことができます。
祈りにおいても同様に、肉にあって生きているなら神の御旨にかなった祈りをすることはできません。なぜなら肉の望むところは肉だからです。
我々主を真に信じるものは御霊によって生かされているものです。だから御霊によって導かれ御霊によって祈らなければなりません。
 
<blockquote>8:5 なぜなら、肉に従う者は肉のことを思い、霊に従う者は霊のことを思うからである。
 8:6 肉の思いは死であるが、霊の思いは、いのちと平安とである。
 8:7 なぜなら、肉の思いは神に敵するからである。すなわち、それは神の律法に従わず、否、従い得ないのである。
 8:8 また、肉にある者は、神を喜ばせることができない。
 8:9 しかし、神の御霊があなたがたの内に宿っているなら、あなたがたは肉におるのではなく、霊におるのである。もし、キリストの霊を持たない人がいるなら、その人はキリストのものではない。
8:13 なぜなら、もし、肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬ外はないからである。しかし、霊によってからだの働きを殺すなら、あなたがたは生きるであろう。
 8:14 すべて神の御霊に導かれている者は、すなわち、神の子である。
 8:15 あなたがたは再び恐れをいだかせる奴隷の霊を受けたのではなく、子たる身分を授ける霊を受けたのである。その霊によって、わたしたちは「アバ、父よ」と呼ぶのである。
 8:16 御霊みずから、わたしたちの霊と共に、わたしたちが神の子であることをあかしして下さる。
 8:17 もし子であれば、相続人でもある。神の相続人であって、キリストと栄光を共にするために苦難をも共にしている以上、キリストと共同の相続人なのである。
 8:18 わたしは思う。今のこの時の苦しみは、やがてわたしたちに現されようとする栄光に比べると、言うに足りない。
 
御霊に導かれて生きていますか。祈っていますか。
確信をもってアーメンと答えられる方は幸いです。
 
ユダ1:4 そのわけは、不信仰な人々がしのび込んできて、わたしたちの神の恵みを放縦な生活に変え、唯一の君であり、わたしたちの主であるイエス・キリストを否定しているからである。彼らは、このようなさばきを受けることに、昔から予告されているのである。
  1:5 あなたがたはみな、じゅうぶんに知っていることではあるが、主が民をエジプトの地から救い出して後、不信仰な者を滅ぼされたことを、思い起してもらいたい。
 </blockquote>
教会で周りの人と同じようにしていたらいいだろうではいけません。
聖書が警告しています。
今、御霊に導かれて祈らなければならないのです。
 
<blockquote>8:24 わたしたちは、この望みによって救われているのである。しかし、目に見える望みは望みではない。なぜなら、現に見ている事を、どうして、なお望む人があろうか。
 8:25 もし、わたしたちが見ないことを望むなら、わたしたちは忍耐して、それを待ち望むのである。
 8:26 御霊もまた同じように、弱いわたしを助けて下さる。なぜなら、わたしたちはどう祈ったらよいかわからないが、御霊みずから、言葉にあらわせない切なるうめきをもって、わたしたちのためにとりなして下さるからである。
 8:27 そして、人の心を探り知るかたは、御霊の思うところがなんであるかを知っておられる。なぜなら、御霊は、聖徒のために、神の御旨にかなうとりなしをして下さるからである。
 8:28 神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。
 </blockquote>
主に、神の御国に望みを置き御霊に導かれて祈り歩んでゆきましょう。
 
<blockquote>ユダ
 1:20 しかし、愛する者たちよ。あなたがたは、最も神聖な信仰の上に自らを築き上げ、聖霊によって祈り、
  1:21 神の愛の中に自らを保ち、永遠のいのちを目あてとして、わたしたちの主イエス・キリストのあわれみを待ち望みなさい。</blockquote>]]>
      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>罠</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.637200.net/2012/04/post_174.html" />
   <id>tag:www.637200.net,2012://5.22130</id>
   
   <published>2012-04-16T11:34:44Z</published>
   <updated>2012-04-16T11:35:51Z</updated>
   
   <summary>　 エレ  5:1 エルサレムのちまたを行きめぐり、見て、知るがよい。その広場を...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
      <category term="麗鳴(うらなり)　さんの　メッセージ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.637200.net/">
      <![CDATA[　
<blockquote>エレ
 5:1 エルサレムのちまたを行きめぐり、見て、知るがよい。その広場を尋ねて、公平を行い、真実を求める者が、ひとりでもあるか捜してみよ。あれば、わたしはエルサレムをゆるす。
 5:2 彼らは、「主は生きておられる」と言うけれども、実は、偽って誓うのだ。
 5:3 主よ、あなたの目は、真実を顧みられるではありませんか。あなたが彼らを打たれても、痛みを覚えず、彼らを滅ぼされても、懲らしめを受けることを拒み、その顔を岩よりも堅くして、悔い改めることを拒みました。
 5:4 それで、わたしは言った、「これらはただ貧しい愚かな人々で、主の道と、神のおきてを知りません。
 5:5 わたしは偉い人たちの所へ行って、彼らに語ります。彼らは主の道を知り、神のおきてを知っています」。ところが、彼らも皆おなじように、くびきを折り、なわめを断っていた。
 5:6 それゆえ林から、ししが出てきて彼らを殺し、荒野から、おおかみが出てきて彼らを滅ぼす。ひょうは彼らの町々をねらっている。そこから出る者はみな裂かれる。彼らの罪が多く、その背信がはなはだしいからである。
 5:7 「わたしはどうしてあなたを、ゆるすことができようか。あなたの子どもらは、わたしを捨てさり、神でもないものをさして誓った。わたしが彼らを満ち足らせた時、彼らは姦淫を行い、遊女の家に群れ集まった。
 5:8 彼らは肥え太った丈夫な雄馬のように、おのおの、いなないて隣の妻を慕う。
 5:9 わたしはこれらの事のために／彼らを罰しないでいられようか。このような国民にあだを返さないであろうか」と／主は言われる。
 5:10 「あなたがたはユダのぶどうの並み木の間を、のぼって行って、滅ぼせ、ただ、ことごとく滅ぼしてはならない。その枝を切り除け、主のものではないからである。
 5:11 イスラエルの家とユダの家とは／わたしにまったく不信であった」と主は言われる。
 5:12 「彼らは主について偽り語って言った、『主は何事もなされない、災はわれわれに来ない、またつるぎや、ききんを見ることはない。
 5:13 預言者らは風となり、彼らのうちに言葉はない。彼らはこのようになる』と」。
 5:14 それゆえ万軍の神、主はこう言われる、「彼らがこの言葉を語ったので、見よ、わたしはあなたの口にある／わたしの言葉を火とし、この民をたきぎとする。火は彼らを焼き尽す」。
 5:15 主は言われる、「イスラエルの家よ、見よ、わたしは遠い国の民を／あなたがたのところに攻めこさせる。その国は長く続く国、古い国で、あなたがたはその国の言葉を知らず、人々の語るのを悟ることもできない。
 5:16 その箙は開いた墓のようであり、彼らはみな勇士である。
 5:17 彼らはあなたが刈り入れた物と、あなたの糧食とを食い尽し、あなたのむすこ娘を食い尽し、あなたの羊と牛を食い尽し、あなたのぶどうの木といちじくの木を食い尽し、またつるぎをもって、あなたが頼みとする／堅固な町々を滅ぼす」。
 5:18 主は言われる、「しかしその時でも、わたしはことごとくはあなたを滅ぼさない。
 5:19 あなたの民が、『どうしてわれわれの神、主はこれらのすべての事をわれわれになされたのか』と言うならば、あなたは彼らに答えなければならない、『あなたがたがわたしを捨てて、自分の地で異なる神々に仕えたように、あなたがたは自分のものでない地で異邦の人に仕えるようになる』と」。
 5:20 これをヤコブの家にのべ、またユダに示して言え、
 5:21 「愚かで、悟りもなく、目があっても見えず、耳があっても聞えない民よ、これを聞け。
 5:22 主は言われる、あなたがたはわたしを恐れないのか、わたしの前におののかないのか。わたしは砂を置いて海の境とし、これを永遠の限界として、越えることができないようにした。波はさかまいても、勝つことはできない、鳴りわたっても、これを越えることはできない。
 5:23 ところが、この民には強情な、そむく心があり、彼らはわき道にそれて、去ってしまった。
 5:24 彼らは『われわれに雨を与え、秋の雨と春の雨を時にしたがって降らせ、われわれのために刈入れの時を定められた／われわれの神、主を恐れよう』と／その心のうちに言わないのだ。
 5:25 あなたがたのとがは、これらの事をしりぞけ、あなたがたの罪は、良い物があなたがたに来るのをさまたげた。
 5:26 わが民のうちには悪い者があって、鳥をとる人のように身をかがめてうかがい、わなを置いて人を捕える。
 5:27 かごに鳥が満ちているように、彼らの家は不義の宝で満ちている。それゆえ、彼らは大いなる者、裕福な者となり、
 5:28 肥えて、つやがあり、その悪しき行いには際限がない。彼らは公正に、みなしごの訴えをさばいて、それを助けようとはせず、また貧しい人の訴えをさばかない。
 5:29 主は言われる、わたしはこのような事のために、彼らを罰しないであろうか。わたしはこのような民に、あだを返さないであろうか」。
 5:30 驚くべきこと、恐るべきことがこの地に起っている。
 5:31 預言者は偽って預言し、祭司は自分の手によって治め、わが民はこのようにすることを愛している。しかしあなたがたは／その終りにはどうするつもりか。
 </blockquote>
聖書には「罠」というものが神を信じる者には関係ないとは書いていないようです。
新共同訳ですがこの様な御言葉があります。
箴　 6:5 狩人の罠を逃れるかもしかのように／鳥のように、自分を救い出せ。
では、「罠」とはどのようなものなのでしょうか。
箴　14:27 主を恐れることは命の泉である、人を死のわなからのがれさせる。
聖書には「罠」そして、逃れる道についても書かれています。
 
・偶像
<blockquote>【新共同訳】　詩　106:36 その偶像に仕え／自分自身を罠に落とした
申　7:25 彼らの神々の像は火に投じて焼きなさい。それにかぶせてある銀や金に目を奪われて、それを取っておくことがあってはならない。あなたがその罠に陥ることがないためである。それは、あなたの神、主のいとわれることである。
 
・主に背く、罪
【新共同訳】箴 5:22 主に逆らう者は自分の悪の罠にかかり／自分の罪の綱が彼を捕える。
箴　 29:6 悪人は自分の罪のわなに陥る、しかし正しい人は喜び楽しむ。
箴　22:5 よこしまな者の道にはいばらとわながあり、たましいを守る者は遠くこれを離れる。
 
・主以外のもの（人）をおそれる事
箴　29:25 人を恐れると、わなに陥る、主に信頼する者は安らかである。
 
・主の知識(御言葉)を持たずに語る事
箴　18:7 愚かな者の口は自分の滅びとなり、そのくちびるは自分を捕えるわなとなる。
 
・富を愛する事、高慢
一テモ 6:9 富むことを願い求める者は、誘惑と、わなとに陥り、また、人を滅びと破壊とに沈ませる、無分別な恐ろしいさまざまの情欲に陷るのである。
 6:10 金銭を愛することは、すべての悪の根である。ある人々は欲ばって金銭を求めたため、信仰から迷い出て、多くの苦痛をもって自分自身を刺しとおした。
 6:11 しかし、神の人よ。あなたはこれらの事を避けなさい。そして、義と信心と信仰と愛と忍耐と柔和とを追い求めなさい。
 6:12 信仰の戦いをりっぱに戦いぬいて、永遠のいのちを獲得しなさい。あなたは、そのために召され、多くの証人の前で、りっぱなあかしをしたのである。
 6:13 わたしはすべてのものを生かして下さる神のみまえと、またポンテオ・ピラトの面前でりっぱなあかしをなさったキリスト・イエスのみまえで、あなたに命じる。
 6:14 わたしたちの主イエス・キリストの出現まで、その戒めを汚すことがなく、また、それを非難のないように守りなさい。
 6:15 時がくれば、祝福に満ちた、ただひとりの力あるかた、もろもろの王の王、もろもろの主の主が、キリストを出現させて下さるであろう。
 6:16 神はただひとり不死を保ち、近づきがたい光の中に住み、人間の中でだれも見た者がなく、見ることもできないかたである。ほまれと永遠の支配とが、神にあるように、アァメン。
 6:17 この世で富んでいる者たちに、命じなさい。高慢にならず、たよりにならない富に望みをおかず、むしろ、わたしたちにすべての物を豊かに備えて楽しませて下さる神に、のぞみをおくように、
 6:18 また、良い行いをし、良いわざに富み、惜しみなく施し、人に分け与えることを喜び、
 6:19 こうして、真のいのちを得るために、未来に備えてよい土台を自分のために築き上げるように、命じなさい。
 6:20 テモテよ。あなたにゆだねられていることを守りなさい。そして、俗悪なむだ話と、偽りの「知識」による反対論とを避けなさい。
 6:21 ある人々はそれに熱中して、信仰からそれてしまったのである。恵みが、あなたがたと共にあるように。
 
・言葉の争い、俗悪な無駄話、無知な議論、争い
二テモ
 2:14 あなたは、これらのことを彼らに思い出させて、なんの益もなく、聞いている人々を破滅におとしいれるだけである言葉の争いをしないように、神のみまえでおごそかに命じなさい。
 2:15 あなたは真理の言葉を正しく教え、恥じるところのない錬達した働き人になって、神に自分をささげるように努めはげみなさい。
 2:16 俗悪なむだ話を避けなさい。それによって人々は、ますます不信心に落ちていき、
 2:17 彼らの言葉は、がんのように腐れひろがるであろう。その中にはヒメナオとピレトとがいる。
 2:18 彼らは真理からはずれ、復活はすでに済んでしまったと言い、そして、ある人々の信仰をくつがえしている。
 2:19 しかし、神のゆるがない土台はすえられていて、それに次の句が証印として、しるされている。「主は自分の者たちを知る」。また「主の名を呼ぶ者は、すべて不義から離れよ」。
 2:20 大きな家には、金や銀の器ばかりではなく、木や土の器もあり、そして、あるものは尊いことに用いられ、あるものは卑しいことに用いられる。
 2:21 もし人が卑しいものを取り去って自分をきよめるなら、彼は尊いきよめられた器となって、主人に役立つものとなり、すべての良いわざに間に合うようになる。
 2:22 そこで、あなたは若い時の情欲を避けなさい。そして、きよい心をもって主を呼び求める人々と共に、義と信仰と愛と平和とを追い求めなさい。
 2:23 愚かで無知な論議をやめなさい。それは、あなたが知っているとおり、ただ争いに終るだけである。
 2:24 主の僕たる者は争ってはならない。だれに対しても親切であって、よく教え、よく忍び、
 2:25 反対する者を柔和な心で教え導くべきである。おそらく神は、彼らに悔改めの心を与えて、真理を知らせ、
 2:26 一度は悪魔に捕えられてその欲するままになっていても、目ざめて彼のわなからのがれさせて下さるであろう。
 </blockquote>
罠を知っているものは罠にかかりません。
動物でさえ罠がある事を知ったなら自ら罠にかかりにいったりしないものです。
つまり、罠にかかるのは罠を知らない（見えない）状態だからなのです。
見えないものについて行っても罠にかかります。
主にあって目を開いていただくことが大切です。
聖書に書かれている事が成就していっている終わりの時、
人に頼るのではなく、主により頼み、聞き、祈りましょう。
「伝9:12 人はその時を知らない。魚がわざわいの網にかかり、鳥がわなにかかるように、人の子らもわざわいの時が突然彼らに臨む時、それにかかるのである。」
　しかし、我々が主にあって目を開かれているなら、目を覚ましているなら、
自ら罠にかかるようなことはないのです。
 
<blockquote>ルカ
 21:28 これらの事が起りはじめたら、身を起し頭をもたげなさい。あなたがたの救が近づいているのだから」。
 21:29 それから一つの譬を話された、「いちじくの木を、またすべての木を見なさい。
 21:30 はや芽を出せば、あなたがたはそれを見て、夏がすでに近いと、自分で気づくのである。
 21:31 このようにあなたがたも、これらの事が起るのを見たなら、神の国が近いのだとさとりなさい。
 21:32 よく聞いておきなさい。これらの事が、ことごとく起るまでは、この時代は滅びることがない。
 21:33 天地は滅びるであろう。しかしわたしの言葉は決して滅びることがない。
 21:34 あなたがたが放縦や、泥酔や、世の煩いのために心が鈍っているうちに、思いがけないとき、その日がわなのようにあなたがたを捕えることがないように、よく注意していなさい。
 21:35 その日は地の全面に住むすべての人に臨むのであるから。
 21:36 これらの起ろうとしているすべての事からのがれて、人の子の前に立つことができるように、絶えず目をさまして祈っていなさい」。
 </blockquote>
 
 
主がどのようなお方であるか正しく知り、主に祈りましょう。
 
<blockquote>【新共同訳】　詩
 91:1 いと高き神のもとに身を寄せて隠れ／全能の神の陰に宿る人よ
 91:2 主に申し上げよ／「わたしの避けどころ、砦／わたしの神、依り頼む方」と。
 91:3 神はあなたを救い出してくださる／仕掛けられた罠から、陥れる言葉から。
 91:4 神は羽をもってあなたを覆い／翼の下にかばってくださる。神のまことは大盾、小盾。
 91:5 夜、脅かすものをも／昼、飛んで来る矢をも、恐れることはない。
 91:6 暗黒の中を行く疫病も／真昼に襲う病魔も
 91:7 あなたの傍らに一千の人／あなたの右に一万の人が倒れるときすら／あなたを襲うことはない。
 
詩
141:9 わたしを守って、彼らがわたしのために設けたわなと、悪を行う者のわなとをのがれさせてください。</blockquote>]]>
      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>希望は失望に終わらない</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.637200.net/2012/04/post_173.html" />
   <id>tag:www.637200.net,2012://5.22129</id>
   
   <published>2012-04-09T11:53:44Z</published>
   <updated>2012-04-09T12:16:28Z</updated>
   
   <summary>聖書　Ⅰペテロ2章 一ペテ  2:1 だから、あらゆる悪意、あらゆる偽り、偽善、...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
      <category term="麗鳴(うらなり)　さんの　メッセージ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.637200.net/">
      <![CDATA[<blockquote>聖書　Ⅰペテロ2章
一ペテ
 2:1 だから、あらゆる悪意、あらゆる偽り、偽善、そねみ、いっさいの悪口を捨てて、
 2:2 今生れたばかりの乳飲み子のように、混じりけのない霊の乳を慕い求めなさい。それによっておい育ち、救に入るようになるためである。
 2:3 あなたがたは、主が恵み深いかたであることを、すでに味わい知ったはずである。
 2:4 主は、人には捨てられたが、神にとっては選ばれた尊い生ける石である。
 2:5 この主のみもとにきて、あなたがたも、それぞれ生ける石となって、霊の家に築き上げられ、聖なる祭司となって、イエス・キリストにより、神によろこばれる霊のいけにえを、ささげなさい。
 2:6 聖書にこう書いてある、／「見よ、わたしはシオンに、／選ばれた尊い石、隅のかしら石を置く。それにより頼む者は、／決して、失望に終ることがない」。
 2:7 この石は、より頼んでいるあなたがたには尊いものであるが、不信仰な人々には「家造りらの捨てた石で、隅のかしら石となったもの」、
 2:8 また「つまずきの石、妨げの岩」である。しかし、彼らがつまずくのは、御言に従わないからであって、彼らは、実は、そうなるように定められていたのである。
 2:9 しかし、あなたがたは、選ばれた種族、祭司の国、聖なる国民、神につける民である。それによって、暗やみから驚くべきみ光に招き入れて下さったかたのみわざを、あなたがたが語り伝えるためである。
 2:10 あなたがたは、以前は神の民でなかったが、いまは神の民であり、以前は、あわれみを受けたことのない者であったが、いまは、あわれみを受けた者となっている。
 2:11 愛する者たちよ。あなたがたに勧める。あなたがたは、この世の旅人であり寄留者であるから、たましいに戦いをいどむ肉の欲を避けなさい。
 2:12 異邦人の中にあって、りっぱな行いをしなさい。そうすれば、彼らは、あなたがたを悪人呼ばわりしていても、あなたがたのりっぱなわざを見て、かえって、おとずれの日に神をあがめるようになろう。
 2:13 あなたがたは、すべて人の立てた制度に、主のゆえに従いなさい。主権者としての王であろうと、
 2:14 あるいは、悪を行う者を罰し善を行う者を賞するために、王からつかわされた長官であろうと、これに従いなさい。
 2:15 善を行うことによって、愚かな人々の無知な発言を封じるのは、神の御旨なのである。
 2:16 自由人にふさわしく行動しなさい。ただし、自由をば悪を行う口実として用いず、神の僕にふさわしく行動しなさい。
 2:17 すべての人をうやまい、兄弟たちを愛し、神をおそれ、王を尊びなさい。
 2:18 僕たる者よ。心からのおそれをもって、主人に仕えなさい。善良で寛容な主人だけにでなく、気むずかしい主人にも、そうしなさい。
 2:19 もしだれかが、不当な苦しみを受けても、神を仰いでその苦痛を耐え忍ぶなら、それはよみせられることである。
 2:20 悪いことをして打ちたたかれ、それを忍んだとしても、なんの手柄になるのか。しかし善を行って苦しみを受け、しかもそれを耐え忍んでいるとすれば、これこそ神によみせられることである。
 2:21 あなたがたは、実に、そうするようにと召されたのである。キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、御足の跡を踏み従うようにと、模範を残されたのである。
 2:22 キリストは罪を犯さず、その口には偽りがなかった。
 2:23 ののしられても、ののしりかえさず、苦しめられても、おびやかすことをせず、正しいさばきをするかたに、いっさいをゆだねておられた。
 2:24 さらに、わたしたちが罪に死に、義に生きるために、十字架にかかって、わたしたちの罪をご自分の身に負われた。その傷によって、あなたがたは、いやされたのである。
 2:25 あなたがたは、羊のようにさ迷っていたが、今は、たましいの牧者であり監督であるかたのもとに、たち帰ったのである。</blockquote>
 
希望は失望に終わる事がないと書かれています。
では、希望とは何でしょうか？
世に生きる人々にとっての希望は様々でしょう。
たとえば、お金持ちになりたい、出世したい等・・・。世の中のものを求めるでしょう。
なぜなら、彼らはこの世だけに生きており、この世の中のものに希望を求めるからです。
でも彼らの希望はいつかは消え去ってゆくものですね。
では、主を信じる者の希望は何ですか。
 
<blockquote>使
24:15 また、正しい者も正しくない者も、やがてよみがえるとの希望を、神を仰いでいだいているものです。この希望は、彼ら自身も持っているのです。
 </blockquote>
我々は主を信じ、よみがえりの希望を持つものです
。
<blockquote>2:10 あなたがたは、以前は神の民でなかったが、いまは神の民であり、以前は、あわれみを受けたことのない者であったが、いまは、あわれみを受けた者となっている。</blockquote>
神の民へと私達を変えて下さったお方。
クリスチャンの希望は主イエスキリストです。
 
<blockquote>2:1 だから、あらゆる悪意、あらゆる偽り、偽善、そねみ、いっさいの悪口を捨てて、
 2:2 今生れたばかりの乳飲み子のように、混じりけのない霊の乳を慕い求めなさい。それによっておい育ち、救に入るようになるためである。
 2:3 あなたがたは、主が恵み深いかたであることを、すでに味わい知ったはずである。
 2:4 主は、人には捨てられたが、神にとっては選ばれた尊い生ける石である。
 2:5 この主のみもとにきて、あなたがたも、それぞれ生ける石となって、霊の家に築き上げられ、聖なる祭司となって、イエス・キリストにより、神によろこばれる霊のいけにえを、ささげなさい。
 2:6 聖書にこう書いてある、／「見よ、わたしはシオンに、／選ばれた尊い石、隅のかしら石を置く。それにより頼む者は、／決して、失望に終ることがない」。
2:7 この石は、より頼んでいるあなたがたには尊いものであるが、不信仰な人々には「家造りらの捨てた石で、隅のかしら石となったもの」、
2:8 また「つまずきの石、妨げの岩」である。しかし、彼らがつまずくのは、御言に従わないからであって、彼らは、実は、そうなるように定められていたのである。</blockquote>
 
だから書かれているように霊の乳、御言葉をしたい求めなければならないのです。
御言葉に従って歩まねばならないのです。
 
<blockquote>ロマ
9:15 神はモーセに言われた、「わたしは自分のあわれもうとする者をあわれみ、いつくしもうとする者を、いつくしむ」。
 9:16 ゆえに、それは人間の意志や努力によるのではなく、ただ神のあわれみによるのである。
 9:17 聖書はパロにこう言っている、「わたしがあなたを立てたのは、この事のためである。すなわち、あなたによってわたしの力をあらわし、また、わたしの名が全世界に言いひろめられるためである」。
 9:18 だから、神はそのあわれもうと思う者をあわれみ、かたくなにしようと思う者を、かたくなになさるのである。
 </blockquote>
我々の希望とする主が我々を愛し救ってくださった。
本当に恵みであり、感謝です。
 
<blockquote>ロマ
5:1 このように、わたしたちは、信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストにより、神に対して平和を得ている。
 5:2 わたしたちは、さらに彼により、いま立っているこの恵みに信仰によって導き入れられ、そして、神の栄光にあずかる希望をもって喜んでいる。
 5:3 それだけではなく、患難をも喜んでいる。なぜなら、患難は忍耐を生み出し、
 5:4 忍耐は錬達を生み出し、錬達は希望を生み出すことを、知っているからである。
 5:5 そして、希望は失望に終ることはない。なぜなら、わたしたちに賜わっている聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからである。
 </blockquote>
希望は失望に終わる事がないのです。
我々の人生には様々な事があるでしょう。
しかし、忘れないでください。
もし何かがあって失望する事があるかもしれません。
しかし、主を真実に信じるものには、希望は失望に終わらないのです。
 
<blockquote>ロマ
10:11 聖書は、「すべて彼を信じる者は、失望に終ることがない」と言っている。
 
ルカ 18:1 また、イエスは失望せずに常に祈るべきことを、人々に譬で教えられた。</blockquote>]]>
      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>わたしは常に主をわたしの前に置く。主がわたしの右にいますゆえ、わたしは動かされることはない</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.637200.net/2012/04/post_172.html" />
   <id>tag:www.637200.net,2012://5.22128</id>
   
   <published>2012-04-02T11:22:27Z</published>
   <updated>2012-04-02T11:24:09Z</updated>
   
   <summary> 聖書　詩篇37編   詩  ダビデの歌  37:1 悪をなす者のゆえに、心を悩...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
      <category term="麗鳴(うらなり)　さんの　メッセージ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.637200.net/">
      <![CDATA[
聖書　詩篇37編
 
<blockquote>詩
 ダビデの歌
 37:1 悪をなす者のゆえに、心を悩ますな。不義を行う者のゆえに、ねたみを起すな。
 37:2 彼らはやがて草のように衰え、青菜のようにしおれるからである。
 37:3 主に信頼して善を行え。そうすればあなたはこの国に住んで、安きを得る。
 37:4 主によって喜びをなせ。主はあなたの心の願いをかなえられる。
 37:5 あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ、主はそれをなしとげ、
 37:6 あなたの義を光のように明らかにし、あなたの正しいことを真昼のように明らかにされる。
 37:7 主の前にもだし、耐え忍びて主を待ち望め。おのが道を歩んで栄える者のゆえに、悪いはかりごとを遂げる人のゆえに、心を悩ますな。
 37:8 怒りをやめ、憤りを捨てよ。心を悩ますな、これはただ悪を行うに至るのみだ。
 37:9 悪を行う者は断ち滅ぼされ、主を待ち望む者は国を継ぐからである。
 37:10 悪しき者はただしばらくで、うせ去る。あなたは彼の所をつぶさに尋ねても彼はいない。
 37:11 しかし柔和な者は国を継ぎ、豊かな繁栄をたのしむことができる。
 37:12 悪しき者は正しい者にむかって／はかりごとをめぐらし、これにむかって歯がみする。
 37:13 しかし主は悪しき者を笑われる、彼の日の来るのを見られるからである。
 37:14 悪しき者はつるぎを抜き、弓を張って、貧しい者と乏しい者とを倒し、直く歩む者を殺そうとする。
 37:15 しかしそのつるぎはおのが胸を刺し、その弓は折られる。
 37:16 正しい人の持ち物の少ないのは、多くの悪しきの者の豊かなのにまさる。
 37:17 悪しき者の腕は折られるが、主は正しい者を助けささえられるからである。
 37:18 主は全き者のもろもろの日を知られる。彼らの嗣業はとこしえに続く。
 37:19 彼らは災の時にも恥をこうむらず、ききんの日にも飽き足りる。
 37:20 しかし、悪しき者は滅び、主の敵は牧場の栄えの枯れるように消え、煙のように消えうせる。
 37:21 悪しき者は物を借りて返すことをしない。しかし正しい人は寛大で、施し与える。
 37:22 主に祝福された者は国を継ぎ、主にのろわれた者は断ち滅ぼされる。
 37:23 人の歩みは主によって定められる。主はその行く道を喜ばれる。
 37:24 たといその人が倒れても、全く打ち伏せられることはない、主がその手を助けささえられるからである。
 37:25 わたしは、むかし年若かった時も、年老いた今も、正しい人が捨てられ、あるいはその子孫が／食物を請いあるくのを見たことがない。
 37:26 正しい人は常に寛大で、物を貸し与え、その子孫は祝福を得る。
 37:27 悪をさけて、善を行え。そうすれば、あなたはとこしえに住むことができる。
 37:28 主は公義を愛し、その聖徒を見捨てられないからである。正しい者はとこしえに助け守られる。しかし、悪しき者の子孫は断ち滅ぼされる。
 37:29 正しい者は国を継ぎ、とこしえにその中に住むことができる。
 37:30 正しい者の口は知恵を語り、その舌は公義を述べる。
 37:31 その心には神のおきてがあり、その歩みはすべることがない。
 37:32 悪しき者は正しい人をうかがい、これを殺そうとはかる。
 37:33 主は正しい人を悪しき者の手にゆだねられない、またさばかれる時、これを罪に定められることはない。
 37:34 主を待ち望め、その道を守れ。そうすれば、主はあなたを上げて、国を継がせられる。あなたは悪しき者の／断ち滅ぼされるのを見るであろう。
 37:35 わたしは悪しき者が勝ち誇って、レバノンの香柏のようにそびえたつのを見た。
 37:36 しかし、わたしが通り過ぎると、見よ、彼はいなかった。わたしは彼を尋ねたけれども見つからなかった。
 37:37 全き人に目をそそぎ、直き人を見よ。おだやかな人には子孫がある。
 37:38 しかし罪を犯す者どもは共に滅ぼされ、悪しき者の子孫は断たれる。
 37:39 正しい人の救は主から出る。主は彼らの悩みの時の避け所である。
 37:40 主は彼らを助け、彼らを解き放ち、彼らを悪しき者どもから解き放って救われる。彼らは主に寄り頼むからである。</blockquote>
 
　主から目を離してはなりません。そして、日々主の前に祈りましょう。
我々が忘れてはならないのは「主を前に置く」事です。（自分が先ではいけません）
 
<blockquote>詩
16:8 わたしは常に主をわたしの前に置く。主がわたしの右にいますゆえ、わたしは動かされることはない。
 16:9 このゆえに、わたしの心は楽しみ、わたしの魂は喜ぶ。わたしの身もまた安らかである。
 16:10 あなたはわたしを陰府に捨ておかれず、あなたの聖者に墓を見させられないからである。
 16:11 あなたはいのちの道をわたしに示される。あなたの前には満ちあふれる喜びがあり、あなたの右には、とこしえにもろもろの楽しみがある。
 </blockquote>
常に主を前に置くなら、主が右にいて下さるので動かされることはないのです。
そして、本文7節には
「 主の前にもだし、耐え忍びて主を待ち望め。おのが道を歩んで栄える者のゆえに、悪いはかりごとを遂げる人のゆえに、心を悩ますな。」と書かれています。
最後まで耐え忍んで主を待ち望みましょう。
「37:23 人の歩みは主によって定められる。主はその行く道を喜ばれる。」
主によって定められた道を歩む人は幸いです。主が喜んでくださるからです。
そして、主がその人の歩みを守られます。
ここで大事なのは自分の決めた道ではなく、主によって定められた道であるという事です。
 
<blockquote>箴
5:21 人の道は主の目の前にあり、主はすべて、その行いを見守られる。
 5:22 悪しき者は自分のとがに捕えられ、自分の罪のなわにつながれる。
 5:23 彼は、教訓がないために死に、その愚かさの大きいことによって滅びる。
 </blockquote>
主を知る事が大事です。御言葉の内を歩みましょう。
今、何を主として歩んでいるのか。いくら口だけでクリスチャンと名のっても、
違うものを主としているなら行く先は滅びです。
常に主なる神を前において、主の定められた道を歩んでいるなら、
主の喜ばれる道を歩むことができます。
 
<blockquote>詩
 37:24 たといその人が倒れても、全く打ち伏せられることはない、主がその手を助けささえられるからである。
37:28 主は公義を愛し、その聖徒を見捨てられないからである。正しい者はとこしえに助け守られる。しかし、悪しき者の子孫は断ち滅ぼされる。
 37:29 正しい者は国を継ぎ、とこしえにその中に住むことができる。
 37:30 正しい者の口は知恵を語り、その舌は公義を述べる。
 37:31 その心には神のおきてがあり、その歩みはすべることがない。
 37:32 悪しき者は正しい人をうかがい、これを殺そうとはかる。
 37:33 主は正しい人を悪しき者の手にゆだねられない、またさばかれる時、これを罪に定められることはない。
 37:34 主を待ち望め、その道を守れ。そうすれば、主はあなたを上げて、国を継がせられる。あなたは悪しき者の／断ち滅ぼされるのを見るであろう。
37:39 正しい人の救は主から出る。主は彼らの悩みの時の避け所である。
 37:40 主は彼らを助け、彼らを解き放ち、彼らを悪しき者どもから解き放って救われる。彼らは主に寄り頼むからである。</blockquote>
 
日々主に信頼して、主の御旨を伺う信仰生活を歩んでゆきましょう。
我々は日々主の目が注がれている事を忘れてはなりません。
主は我々の心までご覧になっておられます。
 
<blockquote>エレミヤ１７：１０
「主であるわたしは心を探り、思いを試みる。おのおのに、その道にしたがい、その行いの実によって報いをするためである」</blockquote>]]>
      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>永遠の生命を得るためには</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.637200.net/2012/03/post_171.html" />
   <id>tag:www.637200.net,2012://5.22127</id>
   
   <published>2012-03-20T07:53:16Z</published>
   <updated>2012-03-20T07:54:27Z</updated>
   
   <summary> 聖書　マタイ19章 マタ  19:1 イエスはこれらのことを語り終えられてから...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
      <category term="麗鳴(うらなり)　さんの　メッセージ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.637200.net/">
      <![CDATA[
聖書　マタイ19章
<blockquote>マタ
 19:1 イエスはこれらのことを語り終えられてから、ガリラヤを去ってヨルダンの向こうのユダヤの地方へ行かれた。
 19:2 すると大ぜいの群衆がついてきたので、彼らをそこでおいやしになった。
 19:3 さてパリサイ人たちが近づいてきて、イエスを試みようとして言った、「何かの理由で、夫がその妻を出すのは、さしつかえないでしょうか」。
 19:4 イエスは答えて言われた、「あなたがたはまだ読んだことがないのか。『創造者は初めから人を男と女とに造られ、
 19:5 そして言われた、それゆえに、人は父母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりの者は一体となるべきである』。
 19:6 彼らはもはや、ふたりではなく一体である。だから、神が合わせられたものを、人は離してはならない」。
 19:7 彼らはイエスに言った、「それでは、なぜモーセは、妻を出す場合には離縁状を渡せ、と定めたのですか」。
 19:8 イエスが言われた、「モーセはあなたがたの心が、かたくななので、妻を出すことを許したのだが、初めからそうではなかった。
 19:9 そこでわたしはあなたがたに言う。不品行のゆえでなくて、自分の妻を出して他の女をめとる者は、姦淫を行うのである」。
 19:10 弟子たちは言った、「もし妻に対する夫の立場がそうだとすれば、結婚しない方がましです」。
 19:11 するとイエスは彼らに言われた、「その言葉を受けいれることができるのはすべての人ではなく、ただそれを授けられている人々だけである。
 19:12 というのは、母の胎内から独身者に生れついているものがあり、また他から独身者にされたものもあり、また天国のために、みずから進んで独身者となったものもある。この言葉を受けられる者は、受けいれるがよい」。
 19:13 そのとき、イエスに手をおいて祈っていただくために、人々が幼な子らをみもとに連れてきた。ところが、弟子たちは彼らをたしなめた。
 19:14 するとイエスは言われた、「幼な子らをそのままにしておきなさい。わたしのところに来るのをとめてはならない。天国はこのような者の国である」。
 19:15 そして手を彼らの上においてから、そこを去って行かれた。
 19:16 すると、ひとりの人がイエスに近寄ってきて言った、「先生、永遠の生命を得るためには、どんなよいことをしたらいいでしょうか」。
 19:17 イエスは言われた、「なぜよい事についてわたしに尋ねるのか。よいかたはただひとりだけである。もし命に入りたいと思うなら、いましめを守りなさい」。
 19:18 彼は言った、「どのいましめですか」。イエスは言われた、「『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証を立てるな。
 19:19 父と母とを敬え』。また『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』」。
 19:20 この青年はイエスに言った、「それはみな守ってきました。ほかに何が足りないのでしょう」。
 19:21 イエスは彼に言われた、「もしあなたが完全になりたいと思うなら、帰ってあなたの持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を持つようになろう。そして、わたしに従ってきなさい」。
 19:22 この言葉を聞いて、青年は悲しみながら立ち去った。たくさんの資産を持っていたからである。
 19:23 それからイエスは弟子たちに言われた、「よく聞きなさい。富んでいる者が天国にはいるのは、むずかしいものである。
 19:24 また、あなたがたに言うが、富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい」。
 19:25 弟子たちはこれを聞いて非常に驚いて言った、「では、だれが救われることができるのだろう」。
 19:26 イエスは彼らを見つめて言われた、「人にはそれはできないが、神にはなんでもできない事はない」。
 19:27 そのとき、ペテロがイエスに答えて言った、「ごらんなさい、わたしたちはいっさいを捨てて、あなたに従いました。ついては、何がいただけるでしょうか」。
 19:28 イエスは彼らに言われた、「よく聞いておくがよい。世が改まって、人の子がその栄光の座につく時には、わたしに従ってきたあなたがたもまた、十二の位に座してイスラエルの十二の部族をさばくであろう。
 19:29 おおよそ、わたしの名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子、もしくは畑を捨てた者は、その幾倍もを受け、また永遠の生命を受けつぐであろう。
 19:30 しかし、多くの先の者はあとになり、あとの者は先になるであろう。
 </blockquote>
教会ではイエスキリストを信じれば救われます（永遠の命を得ます）
ということが当然の様に語られています。
しかし「信じる」という事を私達の基準で考えてはいないでしょうか。
また簡単に「信じる」ということについて教えられていないでしょうか。
ルカ
 6:39 イエスはまた一つの譬を語られた、「盲人は盲人の手引ができようか。ふたりとも穴に落ち込まないだろうか。
 
では、なぜ指導者という人々が見えない状態になるのでしょうか。
 
<blockquote>申
28:15 しかし、あなたの神、主の声に聞き従わず、きょう、わたしが命じるすべての戒めと定めとを守り行わないならば、このもろもろののろいがあなたに臨み、あなたに及ぶであろう。
（多く書かれていますがここでは省略します）
28:28 また主はあなたを撃って気を狂わせ、目を見えなくし、心を混乱させられるであろう。
 28:29 あなたは盲人が暗やみに手探りするように、真昼にも手探りするであろう。あなたは行く道で栄えることがなく、ただ常にしえたげられ、かすめられるだけで、あなたを救う者はないであろう。
 </blockquote>
従わないからなのです。（おかしくなってゆく教会、牧師を見てなぜ？と思っていた疑問が解けたのではないでしょうか。
私たちは心しておかねばなりません。誰が好き好んで盲人になろうとするでしょうか。
「私は大丈夫」と心の内で高ぶり、実際は主に従っていない事はありませんか？
今、おかしくなっていっている教会や牧者、指導者のすべてが自ら進んで間違った方向に行っているわけではないのです。高ぶりが私達のわなになるのです。
主に従わない事は高慢なのです。そしてそれが永遠の命を失うきっかけにもなるのです。
 
<blockquote>ルカ
 6:43 悪い実のなる良い木はないし、また良い実のなる悪い木もない。
 6:44 木はそれぞれ、その実でわかる。いばらからいちじくを取ることはないし、野ばらからぶどうを摘むこともない。
 6:45 善人は良い心の倉から良い物を取り出し。悪人は悪い倉から悪い物を取り出す。心からあふれ出ることを、口が語るものである。
 6:46 わたしを主よ、主よ、と呼びながら、なぜわたしの言うことを行わないのか。
 6:47 わたしのもとにきて、わたしの言葉を聞いて行う者が、何に似ているか、あなたがたに教えよう。
 6:48 それは、地を深く掘り、岩の上に土台をすえて家を建てる人に似ている。洪水が出て激流がその家に押し寄せてきても、それを揺り動かすことはできない。よく建ててあるからである。
 6:49 しかし聞いても行わない人は、土台なしで、土の上に家を建てた人に似ている。激流がその家に押し寄せてきたら、たちまち倒れてしまい、その被害は大きいのである」
 </blockquote>
旧約聖書を軽く考える人もいるようですが、なぜ、新約と旧約の両方が与えられているのか、意味なく与えられているわけではありません。
では、イエス様が旧約聖書を読まなかったと思いますか？イエス様の時代には旧約聖書しかなかったのです。ですから、青年への答えにも旧約聖書にある十戒について語っています。
 
<blockquote>「先生、永遠の生命を得るためには、どんなよいことをしたらいいでしょうか」。
 19:17 イエスは言われた、「なぜよい事についてわたしに尋ねるのか。よいかたはただひとりだけである。もし命に入りたいと思うなら、いましめを守りなさい」。
 19:18 彼は言った、「どのいましめですか」。イエスは言われた、「『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証を立てるな。
 19:19 父と母とを敬え』。また『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』」。
 19:20 この青年はイエスに言った、「それはみな守ってきました。ほかに何が足りないのでしょう」。
 19:21 イエスは彼に言われた、「もしあなたが完全になりたいと思うなら、帰ってあなたの持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を持つようになろう。そして、わたしに従ってきなさい」。</blockquote>
 
ただ唯一の主なるイエス様を信じれば救われるというのはもちろんですが、
命に入るには戒めを守ることも大事なようです。
それが、信仰の実でもあるからです。]]>
      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>父の家</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.637200.net/2012/03/post_170.html" />
   <id>tag:www.637200.net,2012://5.22126</id>
   
   <published>2012-03-12T11:51:11Z</published>
   <updated>2012-03-12T12:02:00Z</updated>
   
   <summary>聖書　エレミヤ12章 エレ  12:1 主よ、わたしがあなたと論じ争う時、あなた...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
      <category term="麗鳴(うらなり)　さんの　メッセージ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.637200.net/">
      <![CDATA[聖書　エレミヤ12章
<blockquote>エレ
 12:1 主よ、わたしがあなたと論じ争う時、あなたは常に正しい。しかしなお、わたしはあなたの前に、さばきのことを論じてみたい。悪人の道がさかえ、不信実な者がみな繁栄するのはなにゆえですか。
 12:2 あなたが彼らを植えられたので、彼らは根づき、育って、実を結びます。彼らは口ではあなたに近づきますが、心はあなたから遠ざかっています。
 12:3 主よ、あなたはわたしを知り、わたしを見、わたしの心があなたに対して／いかにあるかを試みられます。ほふるために羊を引き出すように、彼らを引き出し、殺す日にそなえて、彼らを残しておいてください。
 12:4 いつまで、この地は嘆き、どの畑の野菜も枯れていてよいでしょうか。この地に住む者の悪によって、獣と鳥は滅びうせます。人々は言いました、「彼はわれわれの終りを見ることはない」と。
 12:5 「もしあなたが、徒歩の人と競争して疲れるなら、どうして騎馬の人と競うことができようか。もし安全な地で、あなたが倒れるなら、ヨルダンの密林では、どうするつもりか。
 12:6 あなたの兄弟たち、あなたの父の家のものさえ、あなたを欺き、大声をあげて、あなたを追っている。彼らが親しげにあなたに語ることがあっても、彼らを信じてはならない」。
 12:7 「わたしはわが家を離れ、わが嗣業を捨て、わが魂の愛する者を敵の手に渡した。
 12:8 わたしの嗣業は、わたしにとって／林の中のししのようになった。これはわたしに向かってその声をあげる。それゆえわたしはこれを憎む。
 12:9 わたしの嗣業は、わたしにとって、斑点のある猛禽のようではないか。他の猛禽がこれを囲んでいるではないか。行って、野の獣をみな集め、連れてきてこれを食べさせよ。
 12:10 多くの牧者たちはわたしのぶどう畑を滅ぼし、わたしの地を踏み荒した。わたしの麗しい地を荒れた野にした。
 12:11 彼らはこれを荒れ地としてしまった。その荒れ地がわたしに向かって嘆くのだ。全地は荒れ地にされた。しかし、ひとりもこれを心に留める者はない。
 12:12 滅ぼす者どもが荒野のすべての、はげ山の上にきた。主のつるぎが、地の、この果から、かの果までを滅ぼすのだ。命あるものは安らかであることができない。
 12:13 彼らは麦をまいて、いばらを刈り取る。苦労してもなんの利益もない。彼らはその収穫を恥じるようになる。主の激しい怒りによってである」。
 12:14 わたしがわが民イスラエルにつがせた嗣業に手を触れるすべての悪い隣り人について、主はこう言われる、「見よ、わたしは彼らをその地から抜き出し、ユダの家を彼らのうちから抜き出す。
 12:15 わたしは、彼らを抜き出したのちに、また彼らをあわれんで、それぞれその嗣業に導き返し、おのおのを、その地に帰らせる。
 12:16 もし彼らがわたしの民の道を学び、わたしの名によって、『主は生きておられる』と言って誓うことが、かつて彼らがわたしの民に教えてバアルをさして誓わせたようになるならば、彼らはわたしの民のうちに建てられる。
 12:17 しかし耳をかさない民があるときは、わたしはその民を抜き出して滅ぼすと、主は言われる」。</blockquote>
 
今、教会においてはまさにこの様な状態の所が多いのではないでしょうか。
教会は多くありますが、御言葉に忠実に歩む教会に属しているなら本当にラッキーとも
いえる悪い時代になってしまいました。
 
<blockquote>伝
1:9 先にあったことは、また後にもある、先になされた事は、また後にもなされる。日の下には新しいものはない。
 1:10 「見よ、これは新しいものだ」と／言われるものがあるか、それはわれわれの前にあった世々に、すでにあったものである。
 
ヨハ
14:29 今わたしは、そのことが起らない先にあなたがたに語った。それは、事が起った時にあなたがたが信じるためである。
 14:30 わたしはもはや、あなたがたに、多くを語るまい。この世の君が来るからである。だが、彼はわたしに対して、なんの力もない。
 </blockquote>
我々は父の家に帰る存在です。
真実に主を信じるものは神を父としますので、父の家である神の御国に帰ります。
 
ヨ<blockquote>ハ
14:1 「あなたがたは、心を騒がせないがよい。神を信じ、またわたしを信じなさい。
 14:2 わたしの父の家には、すまいがたくさんある。もしなかったならば、わたしはそう言っておいたであろう。あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。
 14:3 そして、行って、場所の用意ができたならば、またきて、あなたがたをわたしのところに迎えよう。わたしのおる所にあなたがたもおらせるためである。
 14:4 わたしがどこへ行くのか、その道はあなたがたにわかっている」。
 </blockquote>
しかし、この世の君を父とするものもおり、騙されているものもいます。
そのような者が神の御国である父の家に帰る事は神が許されると思いますか？
我々の家でも主人の許可なしに入ることはできないのに「神の家」にですよ。
考えればわかる事ですね。
そして、もう一つ父の家といえば、地上でも父の家といわれている所があります。
 
<blockquote>ルカ
 2:49 するとイエスは言われた、「どうしてお捜しになったのですか。わたしが自分の父の家にいるはずのことを、ご存じなかったのですか」。
 2:50 しかし、両親はその語られた言葉を悟ることができなかった。</blockquote>
 
神の宮ですね。しかし、父の家である神の宮において行われていることにイエス様が怒られている箇所があります。
 
<blockquote>ヨハ
 2:13 さて、ユダヤ人の過越の祭が近づいたので、イエスはエルサレムに上られた。
 2:14 そして牛、羊、はとを売る者や両替する者などが宮の庭にすわり込んでいるのをごらんになって、
 2:15 なわでむちを造り、羊も牛もみな宮から追いだし、両替人の金を散らし、その台をひっくりかえし、
 2:16 はとを売る人々には「これらのものを持って、ここから出て行け。わたしの父の家を商売の家とするな」と言われた。
 2:17 弟子たちは、「あなたの家を思う熱心が、わたしを食いつくすであろう」と書いてあることを思い出した。</blockquote>
 
「これらのものを持って、ここから出て行け。わたしの父の家を商売の家とするな」と言われていますね。しかし、最近耳にします。そのような信者ならまだしも牧師の事を。
今まで２つ、父の家である神の宮（家）について書きましたが、これだけではありません。神の宮についてはこの御言葉を読んでみて下さい。
 
二<blockquote>コリ
 6:14 不信者と、つり合わないくびきを共にするな。義と不義となんの係わりがあるか。光とやみとなんの交わりがあるか。
 6:15 キリストとベリアルとなんの調和があるか。信仰と不信仰となんの関係があるか。
 6:16 神の宮と偶像となんの一致があるか。わたしたちは、生ける神の宮である。神がこう仰せになっている、／「わたしは彼らの間に住み、／かつ出入りをするであろう。そして、わたしは彼らの神となり、／彼らはわたしの民となるであろう」。
 6:17 だから、「彼らの間から出て行き、／彼らと分離せよ、と主は言われる。そして、汚れたものに触れてはならない。触れなければ、わたしはあなたがたを受けいれよう。
 6:18 そしてわたしは、あなたがたの父となり、／あなたがたは、／わたしのむすこ、むすめとなるであろう。全能の主が、こう言われる」。
 </blockquote>
我々主を信じたものでさえも、信仰は目に見えませんが、持っているものが「商売の家」「偶像で汚れている」「不信仰」であるなら主の怒りを買うのです。
今、教会に又クリスチャンに悪霊に汚れた世的なものが多く受けいれられており、
堂々と教会の真ん中で信仰的だともてはやされ行われていたりもします。
熱心でありながら知らずに悪霊的な汚れたものを受けている人も多くいます。
父の家には、すまいがたくさんあるのです。しかし入らない選択をするのは本人であり、人のせいではありません。騙されたとしても主を信じている者には聖書が与えられているのです。主を真実に信じるものは神の御旨である聖書を調べなければならないのです。
 
<blockquote>ネヘ
 1:6 どうぞ耳を傾け、目を開いてしもべの祈を聞いてください。わたしは今、あなたのしもべであるイスラエルの子孫のために、昼も夜もみ前に祈り、われわれイスラエルの子孫が、あなたに対して犯した罪をざんげいたします。まことにわたしも、わたしの父の家も罪を犯しました。
 1:7 われわれはあなたに対して大いに悪い事を行い、あなたのしもべモーセに命じられた戒めをも、定めをも、おきてをも守りませんでした。
 1:8 どうぞ、あなたのしもべモーセに命じられた言葉を、思い起してください。すなわちあなたは言われました、『もしあなたがたが罪を犯すならば、わたしはあなたがたを、もろもろの民の間に散らす。
 1:9 しかし、あなたがたがわたしに立ち返り、わたしの戒めを守って、これを行うならば、たといあなたがたのうちの散らされた者が、天の果にいても、わたしはそこから彼らを集め、わたしの名を住まわせるために選んだ所に連れて来る』と。
 1:10 彼らは、あなたが大いなる力と強い手をもって、あがなわれたあなたのしもべ、あなたの民です。
 1:11 主よ、どうぞしもべの祈と、あなたの名を恐れることを喜ぶあなたのしもべらの祈に耳を傾けてください。どうぞ、きょう、しもべを恵み、この人の目の前であわれみを得させてください」</blockquote>
 
この様に悔い改める事ができたなら幸いです。
しかし、気付いたならその人々や教会の為に祈らなければなりません。
それが気付かされている者の使命です。]]>
      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>金を拝する危険について</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.637200.net/2012/03/post_169.html" />
   <id>tag:www.637200.net,2012://5.22125</id>
   
   <published>2012-03-05T10:09:43Z</published>
   <updated>2012-03-05T10:17:52Z</updated>
   
   <summary>聖書　Ⅰテモテ6章   一テモ  6:1 くびきの下にある奴隷はすべて、自分の主...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
      <category term="麗鳴(うらなり)　さんの　メッセージ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.637200.net/">
      <![CDATA[聖書　Ⅰテモテ6章
 
<blockquote>一テモ
 6:1 くびきの下にある奴隷はすべて、自分の主人を、真に尊敬すべき者として仰ぐべきである。それは、神の御名と教とが、そしりを受けないためである。
 6:2 信者である主人を持っている者たちは、その主人が兄弟であるというので軽視してはならない。むしろ、ますます励んで仕えるべきである。その益を受ける主人は、信者であり愛されている人だからである。あなたは、これらの事を教えかつ勧めなさい。
 6:3 もし違ったことを教えて、わたしたちの主イエス・キリストの健全な言葉、ならびに信心にかなう教に同意しないような者があれば、
 6:4 彼は高慢であって、何も知らず、ただ論議と言葉の争いとに病みついている者である。そこから、ねたみ、争い、そしり、さいぎの心が生じ、
 6:5 また知性が腐って、真理にそむき、信心を利得と心得る者どもの間に、はてしのないいがみ合いが起るのである。
 6:6 しかし、信心があって足ることを知るのは、大きな利得である。
 6:7 わたしたちは、何ひとつ持たないでこの世にきた。また、何ひとつ持たないでこの世を去って行く。
 6:8 ただ衣食があれば、それで足れりとすべきである。
 6:9 富むことを願い求める者は、誘惑と、わなとに陥り、また、人を滅びと破壊とに沈ませる、無分別な恐ろしいさまざまの情欲に陷るのである。
 6:10 金銭を愛することは、すべての悪の根である。ある人々は欲ばって金銭を求めたため、信仰から迷い出て、多くの苦痛をもって自分自身を刺しとおした。
 6:11 しかし、神の人よ。あなたはこれらの事を避けなさい。そして、義と信心と信仰と愛と忍耐と柔和とを追い求めなさい。
 6:12 信仰の戦いをりっぱに戦いぬいて、永遠のいのちを獲得しなさい。あなたは、そのために召され、多くの証人の前で、りっぱなあかしをしたのである。
 6:13 わたしはすべてのものを生かして下さる神のみまえと、またポンテオ・ピラトの面前でりっぱなあかしをなさったキリスト・イエスのみまえで、あなたに命じる。
 6:14 わたしたちの主イエス・キリストの出現まで、その戒めを汚すことがなく、また、それを非難のないように守りなさい。
 6:15 時がくれば、祝福に満ちた、ただひとりの力あるかた、もろもろの王の王、もろもろの主の主が、キリストを出現させて下さるであろう。
 6:16 神はただひとり不死を保ち、近づきがたい光の中に住み、人間の中でだれも見た者がなく、見ることもできないかたである。ほまれと永遠の支配とが、神にあるように、アァメン。
 6:17 この世で富んでいる者たちに、命じなさい。高慢にならず、たよりにならない富に望みをおかず、むしろ、わたしたちにすべての物を豊かに備えて楽しませて下さる神に、のぞみをおくように、
 6:18 また、良い行いをし、良いわざに富み、惜しみなく施し、人に分け与えることを喜び、
 6:19 こうして、真のいのちを得るために、未来に備えてよい土台を自分のために築き上げるように、命じなさい。
 6:20 テモテよ。あなたにゆだねられていることを守りなさい。そして、俗悪なむだ話と、偽りの「知識」による反対論とを避けなさい。
 6:21 ある人々はそれに熱中して、信仰からそれてしまったのである。恵みが、あなたがたと共にあるように。
 </blockquote>
　神を信じ御旨に生きようとしているもの、牧師や教役者達、また、教会が神よりも金を愛するということがあり得ると思いますか？
今、カルトといわれている教会やまた問題教会はほとんどが実はこの罠に陥っているケースなのです。
 
<blockquote>6:9 富むことを願い求める者は、誘惑と、わなとに陥り、また、人を滅びと破壊とに沈ませる、無分別な恐ろしいさまざまの情欲に陷るのである。
 6:10 金銭を愛することは、すべての悪の根である。ある人々は欲ばって金銭を求めたため、信仰から迷い出て、多くの苦痛をもって自分自身を刺しとおした。
 </blockquote>
　きっと多くの方は「私は大丈夫」と思われていると思いますが、そのような教えをしている教会に所属していないとは言えない時代に入っています。
聞いたことはありませんか？<strong>「あなたの信じた通りになります。夢を持ちましょう。願った通りに環境が開かれ成功してゆきます」という説教。</strong>　また、身近にいませんか？
<strong>「教会も牧師も富むものになってよいのです。」といって贅沢をしている牧師。</strong>
イエス様がどのように歩まれたか、その御足跡に歩んでいるかどうかは一目瞭然です。
しかし、今回お話しするのはこの様な極端な例ではなく（よく目や耳にしますが・・・）
一人一人の信仰の事です。
あなたは何故主を信じたのですか？また信じているのですか？
世のものを求めるためだったなら、違うところで求めた方が簡単です。
世のもの（富）に関しては悪魔が握っているので拝むなら得ることができるでしょう。
しかし、あなたの永遠の命は完全に失いますが。
そして、その行為が教会で立ってはならない所に悪しきものが立っているなら行われているという事なのです。
もし、目を覚ましていないなら神を信じると言いながら違うものにすり替えられている可能性もあるのです。
あなたから出る言葉や行動が世のものばかりであるなら、普段求めるものが、また、興味や関心が世のばかり・・・ということに気付いたなら悔い改めましょう。
気付いたなら、神に悔い改め、正しい道に帰るチャンスが与えられているのです。
 
<blockquote>マタ
 6:25 それだから、あなたがたに言っておく。何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずらい、何を着ようかと自分のからだのことで思いわずらうな。命は食物にまさり、からだは着物にまさるではないか。
 6:26 空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。
 6:27 あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。
 6:28 また、なぜ、着物のことで思いわずらうのか。野の花がどうして育っているか、考えて見るがよい。働きもせず、紡ぎもしない。
 6:29 しかし、あなたがたに言うが、栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。
 6:30 きょうは生えていて、あすは炉に投げ入れられる野の草でさえ、神はこのように装って下さるのなら、あなたがたに、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか。ああ、信仰の薄い者たちよ。</blockquote>
 
　神は神の子供となった私たちを守る力のないお方ではなりません。
主なる神に信頼しましょう。
 
<blockquote>ルカ
4:2 荒野を四十日のあいだ御霊にひきまわされて、悪魔の試みにあわれた。そのあいだ何も食べず、その日数がつきると、空腹になられた。
 4:3 そこで悪魔が言った、「もしあなたが神の子であるなら、この石に、パンになれと命じてごらんなさい」。
 4:4 イエスは答えて言われた、「『人はパンだけで生きるものではない』と書いてある」。
 4:5 それから、悪魔はイエスを高い所へ連れて行き、またたくまに世界のすべての国々を見せて
 4:6 言った、「これらの国々の権威と栄華とをみんな、あなたにあげましょう。それらはわたしに任せられていて、だれでも好きな人にあげてよいのですから。
 4:7 それで、もしあなたがわたしの前にひざまずくなら、これを全部あなたのものにしてあげましょう」。
 4:8 イエスは答えて言われた、「『主なるあなたの神を拝し、ただ神にのみ仕えよ』と書いてある」。
 4:9 それから悪魔はイエスをエルサレムに連れて行き、宮の頂上に立たせて言った、「もしあなたが神の子であるなら、ここから下へ飛びおりてごらんなさい。
 4:10 『神はあなたのために、御使たちに命じてあなたを守らせるであろう』とあり、
 4:11 また、『あなたの足が石に打ちつけられないように、彼らはあなたを手でささえるであろう』とも書いてあります」。
 4:12 イエスは答えて言われた、「『主なるあなたの神を試みてはならない』と言われている」。
 4:13 悪魔はあらゆる試みをしつくして、一時イエスを離れた。</blockquote>
 
　悪魔の試みパターンは似たり寄ったりですが、なぜか騙されてしまうケースが多いようです。（だから牧師の不祥事が多発したり、教会がおかしくなるのでしょうが）
しかし、元をたどればとてもシンプルです。
心の価値観が金にあり、金を拝んでいるから。つまり金が神となっているからなのですね。
知らず知らずの内にあなたの心の王座におられた主に変わって悪魔に座を奪われているなら大変な事です。
そうなっている人々の大半はその事に気付かず「クリスチャン」「牧師、教役者」として
キリスト教界で今も歩んでいるのですから。
　主に真実に歩もうとされている方々。悪魔の誘惑に打ち勝って下さい。
騙されてはなりません。永遠の命を騙されて失ってはならないのです。
ヘブル12:16 また、一杯の食のために長子の権利を売ったエサウのように、不品行な俗悪な者にならないようにしなさい。
食を得るにはお金が必要でしょう？だから気をつけていなければならないのです。
目を覚ましていなければなりません。
騙されないように主に祈りより頼んでいなければ私たちの力では打ち勝つ事が出来ないのです。
だから信仰が必要なのです。
 
<blockquote>ルカ
 21:33 天地は滅びるであろう。しかしわたしの言葉は決して滅びることがない。
 21:34 あなたがたが放縦や、泥酔や、世の煩いのために心が鈍っているうちに、思いがけないとき、その日がわなのようにあなたがたを捕えることがないように、よく注意していなさい。
 21:35 その日は地の全面に住むすべての人に臨むのであるから。
 21:36 これらの起ろうとしているすべての事からのがれて、人の子の前に立つことができるように、絶えず目をさまして祈っていなさい」。</blockquote>]]>
      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>不安</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.637200.net/2012/02/post_168.html" />
   <id>tag:www.637200.net,2012://5.22124</id>
   
   <published>2012-02-27T10:59:26Z</published>
   <updated>2012-02-27T11:00:37Z</updated>
   
   <summary> 聖書　イザヤ14章 イザ  14:1 主はヤコブをあわれみ、イスラエルを再び選...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
      <category term="麗鳴(うらなり)　さんの　メッセージ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.637200.net/">
      <![CDATA[
聖書　イザヤ14章
<blockquote>イザ
 14:1 主はヤコブをあわれみ、イスラエルを再び選んで、これをおのれの地に置かれる。異邦人はこれに加わって、ヤコブの家に結びつらなり、
 14:2 もろもろの民は彼らを連れてその所に導いて来る。そしてイスラエルの家は、主の地で彼らを男女の奴隷とし、さきに自分たちを捕虜にした者を捕虜にし、自分たちをしえたげた者を治める。
 14:3 主があなたの苦労と不安とを除き、またあなたが服した苦役を除いて、安息をお与えになるとき、
 14:4 あなたはこのあざけりの歌をとなえ、バビロンの王をののしって言う、「あの、しえたげる者は全く絶えてしまった。あの、おごる者は全く絶えてしまった。
 14:5 主は悪い者のつえと、つかさびとの笏を折られた。
 14:6 彼らは憤りをもってもろもろの民を／絶えず撃っては打ち、怒りをもってもろもろの国を治めても、そのしえたげをとどめる者がなかった。
 14:7 全地はやすみを得、穏やかになり、ことごとく声をあげて歌う。
 14:8 いとすぎおよびレバノンの香柏でさえも／あなたのゆえに喜んで言う、『あなたはすでに倒れたので、もはや、きこりが上ってきて、われわれを攻めることはない』。
 14:9 下の陰府はあなたのために動いて、あなたの来るのを迎え、地のもろもろの指導者たちの亡霊を／あなたのために起し、国々のもろもろの王を／その王座から立ちあがらせる。
 14:10 彼らは皆あなたに告げて言う、『あなたもまたわれわれのように弱くなった、あなたもわれわれと同じようになった』。
 14:11 あなたの栄華とあなたの琴の音は／陰府に落ちてしまった。うじはあなたの下に敷かれ、みみずはあなたをおおっている。
 14:12 黎明の子、明けの明星よ、あなたは天から落ちてしまった。もろもろの国を倒した者よ、あなたは切られて地に倒れてしまった。
 14:13 あなたはさきに心のうちに言った、『わたしは天にのぼり、わたしの王座を高く神の星の上におき、北の果なる集会の山に座し、
 14:14 雲のいただきにのぼり、いと高き者のようになろう』。
 14:15 しかしあなたは陰府に落され、穴の奥底に入れられる。
 14:16 あなたを見る者はつくづくあなたを見、あなたに目をとめて言う、『この人は地を震わせ、国々を動かし、
 14:17 世界を荒野のようにし、その都市をこわし、捕えた者をその家に／解き帰さなかった者であるのか』。
 14:18 もろもろの国の王たちは皆／尊いさまで、自分の墓に眠る。
 14:19 しかしあなたは忌みきらわれる月足らぬ子のように／墓のそとに捨てられ、つるぎで刺し殺された者でおおわれ、踏みつけられる死体のように穴の石に下る。
 14:20 あなたは自分の国を滅ぼし、自分の民を殺したために、彼らと共に葬られることはない。どうか、悪を行う者の子孫は／とこしえに名を呼ばれることのないように。
 14:21 先祖のよこしまのゆえに、その子孫のためにほふり場を備えよ。これは彼らが起って地を取り、世界のおもてに町々を／満たすことのないためである」。
 14:22 万軍の主は言われる、「わたしは立って彼らを攻め、バビロンからその名と、残れる者、その子と孫とを断ち滅ぼす、と主は言う。
 14:23 わたしはこれをはりねずみのすみかとし、水の池とし、滅びのほうきをもって、これを払い除く、と万軍の主は言う」。
 14:24 万軍の主は誓って言われる、「わたしが思ったように必ず成り、わたしが定めたように必ず立つ。
 14:25 わたしはアッスリヤびとをわが地で打ち破り、わが山々で彼を踏みにじる。こうして彼が置いたくびきは／イスラエルびとから離れ、彼が負わせた重荷は／イスラエルびとの肩から離れる」。
 14:26 これは全地について定められた計画である。これは国々の上に伸ばされた手である。
 14:27 万軍の主が定められるとき、だれがそれを取り消すことができるのか。その手を伸ばされるとき、だれがそれを引きもどすことができるのか。
 14:28 アハズ王の死んだ年にこの託宣があった、
 14:29 「ペリシテの全地よ、あなたを打ったむちが／折られたことを喜んではならない。へびの根からまむしが出、その実は飛びかけるへびとなるからだ。
 14:30 いと貧しい者は食を得、乏しい者は安らかに伏す。しかし、わたしはききんをもって／あなたの子孫を殺し、あなたの残れる者を滅ぼす。
 14:31 門よ、泣きわめけ。町よ、叫べ。ペリシテの全地よ、恐れのあまり消えうせよ、北から煙が来るからだ。その隊列からは、ひとりも脱落する者はない」。
 14:32 その国の使者たちになんと答えようか。「主はシオンの基をおかれた、その民の苦しむ者は／この中に避け所を得る」と答えよ。
 </blockquote>
この個所はルシファ―（悪魔）について語られている有名な個所です。
この世で生活する限り様々な苦難、困難があり、また不安もあります。
その原因の一つがこの存在なのです。
しかし、いくら力ある存在の様に見えても神には立ち向かうことのできる存在ではないのです。また、悪しきものが栄えているから、力あるように見えるからといって騙されてついていってはいけません。
<blockquote>14:3 主があなたの苦労と不安とを除き、またあなたが服した苦役を除いて、安息をお与えになるとき、
と書かれているように、主を信じ従う者には約束された御国が待っているのです。
 
ヨハ
 16:22 このように、あなたがたにも今は不安がある。しかし、わたしは再びあなたがたと会うであろう。そして、あなたがたの心は喜びに満たされるであろう。その喜びをあなたがたから取り去る者はいない。
 </blockquote>
　現代は不安定な不安の多い世の中です。世界情勢を見てもそうです。
では、主を信じるというキリスト教会はどうでしょう？きちんと御旨を行っている教会ももちろんあると思いますが、多くの異端や偽物の教会や牧者が有名になっている中で何を信じたらよいのか不安に思っている方も多いのではないでしょうか。
 
<blockquote>ルカ
21:26 人々は世界に起ろうとする事を思い、恐怖と不安で気絶するであろう。もろもろの天体が揺り動かされるからである。
 21:27 そのとき、大いなる力と栄光とをもって、人の子が雲に乗って来るのを、人々は見るであろう。
 21:28 これらの事が起りはじめたら、身を起し頭をもたげなさい。あなたがたの救が近づいているのだから」。
 21:29 それから一つの譬を話された、「いちじくの木を、またすべての木を見なさい。
 21:30 はや芽を出せば、あなたがたはそれを見て、夏がすでに近いと、自分で気づくのである。
 21:31 このようにあなたがたも、これらの事が起るのを見たなら、神の国が近いのだとさとりなさい。
 21:32 よく聞いておきなさい。これらの事が、ことごとく起るまでは、この時代は滅びることがない。
 21:33 天地は滅びるであろう。しかしわたしの言葉は決して滅びることがない。
 21:34 あなたがたが放縦や、泥酔や、世の煩いのために心が鈍っているうちに、思いがけないとき、その日がわなのようにあなたがたを捕えることがないように、よく注意していなさい。
 21:35 その日は地の全面に住むすべての人に臨むのであるから。
 21:36 これらの起ろうとしているすべての事からのがれて、人の子の前に立つことができるように、絶えず目をさまして祈っていなさい」。
 </blockquote>
そうです、この世の中には悪魔の存在があるから不安があり、また苦しむのですが、私たちの信じる主なる神はそんな存在を相手にするようなお方ではないのです。全知全能の神、創造者であり我々信じる者の救い主メシヤなのです。
聖書をよく調べましょう。聖書は御利益信仰の本ではありません。
主の御計画通り時が動いてゆきます。
ですから神に祈り、主を正しく知りましょう。
 <blockquote>
ヨハ
 16:33 これらのことをあなたがたに話したのは、わたしにあって平安を得るためである。あなたがたは、この世ではなやみがある。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている」。</blockquote>]]>
      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>「夢に惑わされない」</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.637200.net/2012/02/post_167.html" />
   <id>tag:www.637200.net,2012://5.22123</id>
   
   <published>2012-02-20T11:42:33Z</published>
   <updated>2012-02-20T12:24:35Z</updated>
   
   <summary>説教「夢に惑わされない」 聖書　エレミヤ23章 エレ  23:1 主は言われる、...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
      <category term="麗鳴(うらなり)　さんの　メッセージ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.637200.net/">
      <![CDATA[説教「夢に惑わされない」
聖書　エレミヤ23章
<blockquote>エレ
 23:1 主は言われる、「わが牧場の羊を滅ぼし散らす牧者はわざわいである」。
 23:2 それゆえイスラエルの神、主はわが民を養う牧者についてこう言われる、「あなたがたはわたしの群れを散らし、これを追いやって顧みなかった。見よ、わたしはあなたがたの悪しき行いによってあなたがたに報いると、主は言われる。
 23:3 わたしの群れの残った者を、追いやったすべての地から集め、再びこれをそのおりに帰らせよう。彼らは子を産んでその数が多くなる。
 23:4 わたしはこれを養う牧者をその上に立てる、彼らは再び恐れることなく、またおののくことなく、いなくなることもないと、主は言われる。
 23:5 主は仰せられる、見よ、わたしがダビデのために一つの正しい枝を起す日がくる。彼は王となって世を治め、栄えて、公平と正義を世に行う。
 23:6 その日ユダは救を得、イスラエルは安らかにおる。その名は『主はわれわれの正義』ととなえられる。
 23:7 主は言われる、それゆえ見よ、人々は『イスラエルの民をエジプトの地から導き出された主は生きておられる』とまた言わないで、
 23:8 『イスラエルの家の子孫を北の地と、そのすべて追いやられた地から導き出された神は生きておられる』という日がくる。その時、彼らは自分の地に住んでいる」。
 23:9 預言者たちについて。わが心はわたしのうちに破れ、わが骨はみな震う。主とその聖なる言葉のために、わたしは酔っている人のよう、酒に打ち負かされた人のようである。
 23:10 この地に姦淫を行うものが満ちているからだ。のろいによって地は嘆き、荒野の牧場はかわく。彼らの道は悪く、その力は正しくない。
 23:11 「預言者と祭司とは共に神を汚す者である。わたしの家においてすら／彼らの悪を見たと、主は言われる。
 23:12 それゆえ、彼らの道は、おのずから暗黒の中にある／なめらかな道のようになり、彼らは押されてその道に倒れる。わたしが彼らの罰せられる年に、災をその上に臨ませるからであると、主は言われる。
 23:13 わたしはサマリヤの預言者のうちに／不快な事のあるのを見た。彼らはバアルによって預言し、わが民イスラエルを惑わした。
 23:14 しかしエルサレムの預言者のうちには、恐ろしい事のあるのを見た。彼らは姦淫を行い、偽りに歩み、悪人の手を強くし、人をその悪から離れさせない。彼らはみなわたしにはソドムのようであり、その民はゴモラのようである」。
 23:15 それゆえ万軍の主は預言者についてこう言われる、「見よ、わたしは彼らに、にがよもぎを食べさせ、毒の水を飲ませる。神を汚すことがエルサレムの預言者から出て、全地に及んでいるからである」。
 23:16 万軍の主はこう言われる、「あなたがたに預言する預言者の言葉を聞いてはならない。彼らはあなたがたに、むなしい望みをいだかせ、主の口から出たのでない、自分の心の黙示を語るのである。
 23:17 彼らは主の言葉を軽んじる者に向かって絶えず、『あなたがたは平安を得る』と言い、また自分の強情な心にしたがって歩むすべての人に向かって、『あなたがたに災はこない』と言う」。
 23:18 彼らのうちだれか主の議会に立って、その言葉を見聞きした者があろうか。だれか耳を傾けてその言葉を聞いた者があろうか。
 23:19 見よ、主の暴風がくる。憤りと、つむじ風が出て、悪人のこうべをうつ。
 23:20 主の怒りは、み心に思い定められたことを／なし遂げられるまで退くことはない。末の日にあなたがたはそれを明らかに悟る。
 23:21 預言者たちはわたしがつかわさなかったのに、彼らは走った。わたしが、彼らに告げなかったのに、彼らは預言した。
 23:22 もし彼らがわたしの議会に立ったのであれば、わたしの民にわが言葉を告げ示して、その悪い道と悪い行いから、離れさせたであろうに。
 23:23 「主は言われる、わたしはただ近くの神であって、遠くの神ではないのであるか。
 23:24 主は言われる、人は、ひそかな所に身を隠して、わたしに見られないようにすることができようか。主は言われる、わたしは天と地とに満ちているではないか。
 23:25 わが名によって偽りを預言する預言者たちが、『わたしは夢を見た、わたしは夢を見た』と言うのを聞いた。
 23:26 偽りを預言する預言者たちの心に、いつまで偽りがあるのであるか。彼らはその心の欺きを預言する。
 23:27 彼らはその先祖がバアルに従ってわが名を忘れたように、互に夢を語って、わたしの民にわが名を忘れさせようとする。
 23:28 夢をみた預言者は夢を語るがよい。しかし、わたしの言葉を受けた者は誠実にわたしの言葉を語らなければならない。わらと麦とをくらべることができようかと、主は言われる。
 23:29 主は仰せられる、わたしの言葉は火のようではないか。また岩を打ち砕く鎚のようではないか。
 23:30 それゆえ見よ、わたしはわたしの言葉を互に盗む預言者の敵となると、主は言われる。
 23:31 見よ、わたしは、『主は言いたもう』と舌をもって語る預言者の敵となると、主は言われる。
 23:32 主は仰せられる、見よ、わたしは偽りの夢を預言する者の敵となる。彼らはそれを語り、またその偽りと大言をもってわたしの民を惑わす。わたしが彼らをつかわしたのではなく、また彼らに命じたのでもない。それで彼らはこの民にすこしも益にならないと、主は言われる。
 23:33 この民のひとり、または預言者、または祭司があなたに、『主の重荷はなんですか』と問うならば、彼らに答えなさい、『あなたがたがその重荷です。そして主は、あなたがたを捨てると言っておられます』と。
 23:34 そして、『主の重荷』と言うその預言者、祭司、または民のひとりを、その家族と共にわたしは罰する。
 23:35 あなたがたは、みな互に、隣り人に、また兄弟に、こう言わなければならない、『主はなんと答えられましたか』、『主はなんと言われましたか』と。
 23:36 しかし重ねて『主の重荷』と言ってはならない。重荷は人おのおのの自分の言葉だからである。あなたがたは生ける神、万軍の主なるわれわれの神の言葉を曲げる者である。
 23:37 あなたは預言者にこう言わなければならない、『主はあなたになんと答えられましたか』、『主はなんと言われましたか』と。
 23:38 もしあなたがたが『主の重荷』と言うならば、主はこう仰せられる、『わたしが人をあなたがたにつかわして、あなたがたは「主の重荷」と言ってはならないと言わせたのに、あなたがたは「主の重荷」という言葉を言ったので、
 23:39 わたしは必ずあなたがたを捕え移させ、あなたがたとあなたがたの先祖とに与えたこの町と、あなたがたとを、わたしの前から捨て去る。
 23:40 そして、忘れられることのない永遠のはずかしめと永遠の恥を、あなたがたにこうむらせる』」。
 
「預言者と祭司とは共に神を汚す者である。わたしの家においてすら／彼らの悪を見たと、主は言われる」と書かれています。預言者と祭司とは一般信徒より神をよく知り、その神に仕える聖職者であるにもかかわらずです。
23:16 万軍の主はこう言われる、「あなたがたに預言する預言者の言葉を聞いてはならない。彼らはあなたがたに、むなしい望みをいだかせ、主の口から出たのでない、自分の心の黙示を語るのである。 23:17 彼らは主の言葉を軽んじる者に向かって絶えず、『あなたがたは平安を得る』と言い、また自分の強情な心にしたがって歩むすべての人に向かって、『あなたがたに災はこない』と言う」。
この記事が書かれたのはもちろん現代ではなく何千年前の事ですが、そんな昔にも今起こっている様な事が既にあった事がわかります。
23:25 わが名によって偽りを預言する預言者たちが、『わたしは夢を見た、わたしは夢を見た』と言うのを聞いた。26 偽りを預言する預言者たちの心に、いつまで偽りがあるのであるか。彼らはその心の欺きを預言する。 27 彼らはその先祖がバアルに従ってわが名を忘れたように、互に夢を語って、わたしの民にわが名を忘れさせようとする。 28 夢をみた預言者は夢を語るがよい。しかし、わたしの言葉を受けた者は誠実にわたしの言葉を語らなければならない。わらと麦とをくらべることができようかと、主は言われる。29 主は仰せられる、わたしの言葉は火のようではないか。また岩を打ち砕く鎚のようではないか。
 23:30 それゆえ見よ、わたしはわたしの言葉を互に盗む預言者の敵となると、主は言われる。31 見よ、わたしは、『主は言いたもう』と舌をもって語る預言者の敵となると、主は言われる。32 主は仰せられる、見よ、わたしは偽りの夢を預言する者の敵となる。彼らはそれを語り、またその偽りと大言をもってわたしの民を惑わす。

</blockquote>
神からこない偽りの預言をする者らは偽りの夢を見るのです。そして彼らは聞く者たちに主の名を忘れさせようとするのです。偽りの預言を語る相手についてはこの様に書かれています。「主の言葉を軽んじる者に向かって絶えず、『あなたがたは平安を得る』と言い、また自分の強情な心にしたがって歩むすべての人に向かって、『あなたがたに災はこない』と言う」。
どのように主を信じているかが重要です。偽りの夢を見る預言者、また偽りの夢に惑わされてはなりません。偽りが多く蔓延る時代です。だから、真に主を信じる者たちに、万軍の主はこう言われるのです、「あなたがたに預言する預言者の言葉を聞いてはならない」と。
 
<blockquote>ゼカ
10:2 テラピムは、たわごとを言い、占い師は偽りを見、夢見る者は偽りの夢を語り、むなしい慰めを与える。このゆえに、民は羊のようにさまよい、牧者がないために悩む。
エレ
 29:8 万軍の主、イスラエルの神はこう言われる、あなたがたのうちにいる預言者と占い師に惑わされてはならない。また彼らの見る夢に聞き従ってはならない。
 29:9 それは、彼らがわたしの名によってあなたがたに偽りを預言しているからである。わたしが彼らをつかわしたのではないと主は言われる。
 </blockquote>
偽りの夢を見、偽りの預言をするものたちは残念ながら我々信者、教職者、教会の中にいます。偽りの預言、偽りの夢を見て空しい慰めや望みを持たせる者たちに気をつけなければならないのです。
 
<blockquote>イザ
56:10 見張人らはみな目しいで、知ることがなく、みな、おしの犬で、ほえることができない。みな夢みる者、伏している者、まどろむことを好む者だ。
 56:11 この犬どもは強欲で、飽くことを知らない。彼らはまた悟ることのできない牧者で、皆おのが道にむかいゆき、おのおのみな、おのれの利を求める。
 56:12 彼らは互に言う、「さあ、われわれは酒を手に入れ、濃い酒をあびるほど飲もう。あすも、きょうのようであるだろう、すばらしい日だ」と。</blockquote>
 
このような牧者が多く現れてきています。信徒を守るどころではない状態の牧者が多く現れています。彼らの実を見れば偽り者かどうかは明らかですが・・・。
 
ユダ
1:8 しかし、これと同じように、これらの人々は、夢に迷わされて肉を汚し、権威ある者たちを軽んじ、栄光ある者たちをそしっている。
  1:16 彼らは不平をならべ、不満を鳴らす者であり、自分の欲のままに生活し、その口は大言を吐き、利のために人にへつらう者である。
  1:17 愛する者たちよ。わたしたちの主イエス・キリストの使徒たちが予告した言葉を思い出しなさい。
  1:18 彼らはあなたがたにこう言った、「終りの時に、あざける者たちがあらわれて、自分の不信心な欲のままに生活するであろう」。
 
夢に惑わされるならどのような結末が待っているかがわかります。
惑わされるものもあれば惑わされないものもいるのです。惑わされる者であってはなりません。しっかりと御言葉に留まりましょう。
 
伝
1:9 先にあったことは、また後にもある、先になされた事は、また後にもなされる。日の下には新しいものはない。
 1:10 「見よ、これは新しいものだ」と／言われるものがあるか、それはわれわれの前にあった世々に、すでにあったものである。
 
聖霊様によって御言葉を調べることは本当に重要です。
新約だけでなく旧約もしっかりと調べて下さい。
神の知恵なしには主の御心を行う信仰生活は不可能ですから。]]>
      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>愛が冷える時</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.637200.net/2012/02/post_166.html" />
   <id>tag:www.637200.net,2012://5.22122</id>
   
   <published>2012-02-06T12:01:54Z</published>
   <updated>2012-02-06T12:03:08Z</updated>
   
   <summary>マタ 24:1 イエスが宮から出て行こうとしておられると、弟子たちは近寄ってきて...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
      <category term="麗鳴(うらなり)　さんの　メッセージ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.637200.net/">
      <![CDATA[<blockquote>マタ
24:1 イエスが宮から出て行こうとしておられると、弟子たちは近寄ってきて、宮の建物にイエスの注意を促した。
 24:2 そこでイエスは彼らにむかって言われた、「あなたがたは、これらすべてのものを見ないか。よく言っておく。その石一つでもくずされずに、そこに他の石の上に残ることもなくなるであろう」。
 24:3 またオリブ山ですわっておられると、弟子たちが、ひそかにみもとにきて言った、「どうぞお話しください。いつ、そんなことが起るのでしょうか。あなたがまたおいでになる時や、世の終りには、どんな前兆がありますか」。
 24:4 そこでイエスは答えて言われた、「人に惑わされないように気をつけなさい。
 24:5 多くの者がわたしの名を名のって現れ、自分がキリストだと言って、多くの人を惑わすであろう。
 24:6 また、戦争と戦争のうわさとを聞くであろう。注意していなさい、あわててはいけない。それは起らねばならないが、まだ終りではない。
 24:7 民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。またあちこちに、ききんが起り、また地震があるであろう。
 24:8 しかし、すべてこれらは産みの苦しみの初めである。
 24:9 そのとき人々は、あなたがたを苦しみにあわせ、また殺すであろう。またあなたがたは、わたしの名のゆえにすべての民に憎まれるであろう。
 24:10 そのとき、多くの人がつまずき、また互に裏切り、憎み合うであろう。
 24:11 また多くのにせ預言者が起って、多くの人を惑わすであろう。
 24:12 また不法がはびこるので、多くの人の愛が冷えるであろう。
 24:13 しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。
 24:14 そしてこの御国の福音は、すべての民に対してあかしをするために、全世界に宣べ伝えられるであろう。そしてそれから最後が来るのである。
 24:15 預言者ダニエルによって言われた荒らす憎むべき者が、聖なる場所に立つのを見たならば（読者よ、悟れ）、
 24:16 そのとき、ユダヤにいる人々は山へ逃げよ。
 24:17 屋上にいる者は、家からものを取り出そうとして下におりるな。
 24:18 畑にいる者は、上着を取りにあとへもどるな。
 24:19 その日には、身重の女と乳飲み子をもつ女とは、不幸である。
 24:20 あなたがたの逃げるのが、冬または安息日にならないように祈れ。
 24:21 その時には、世の初めから現在に至るまで、かつてなく今後もないような大きな患難が起るからである。
 24:22 もしその期間が縮められないなら、救われる者はひとりもないであろう。しかし、選民のためには、その期間が縮められるであろう。
 24:23 そのとき、だれかがあなたがたに『見よ、ここにキリストがいる』、また、『あそこにいる』と言っても、それを信じるな。
 24:24 にせキリストたちや、にせ預言者たちが起って、大いなるしるしと奇跡とを行い、できれば、選民をも惑わそうとするであろう。
 24:25 見よ、あなたがたに前もって言っておく。
 24:26 だから、人々が『見よ、彼は荒野にいる』と言っても、出て行くな。また『見よ、へやの中にいる』と言っても、信じるな。
 24:27 ちょうど、いなずまが東から西にひらめき渡るように、人の子も現れるであろう。
 24:28 死体のあるところには、はげたかが集まるものである。
 24:29 しかし、その時に起る患難の後、たちまち日は暗くなり、月はその光を放つことをやめ、星は空から落ち、天体は揺り動かされるであろう。
 24:30 そのとき、人の子のしるしが天に現れるであろう。またそのとき、地のすべての民族は嘆き、そして力と大いなる栄光とをもって、人の子が天の雲に乗って来るのを、人々は見るであろう。
 24:31 また、彼は大いなるラッパの音と共に御使たちをつかわして、天のはてからはてに至るまで、四方からその選民を呼び集めるであろう。
 24:32 いちじくの木からこの譬を学びなさい。その枝が柔らかになり、葉が出るようになると、夏の近いことがわかる。
 24:33 そのように、すべてこれらのことを見たならば、人の子が戸口まで近づいていると知りなさい。
 24:34 よく聞いておきなさい。これらの事が、ことごとく起るまでは、この時代は滅びることがない。
 24:35 天地は滅びるであろう。しかしわたしの言葉は滅びることがない。
 24:36 その日、その時は、だれも知らない。天の御使たちも、また子も知らない、ただ父だけが知っておられる。
 24:37 人の子の現れるのも、ちょうどノアの時のようであろう。
 24:38 すなわち、洪水の出る前、ノアが箱舟にはいる日まで、人々は食い、飲み、めとり、とつぎなどしていた。
 24:39 そして洪水が襲ってきて、いっさいのものをさらって行くまで、彼らは気がつかなかった。人の子の現れるのも、そのようであろう。
 24:40 そのとき、ふたりの者が畑にいると、ひとりは取り去られ、ひとりは取り残されるであろう。
 24:41 ふたりの女がうすをひいていると、ひとりは取り去られ、ひとりは残されるであろう。
 24:42 だから、目をさましていなさい。いつの日にあなたがたの主がこられるのか、あなたがたには、わからないからである。
 24:43 このことをわきまえているがよい。家の主人は、盗賊がいつごろ来るかわかっているなら、目をさましていて、自分の家に押し入ることを許さないであろう。
 24:44 だから、あなたがたも用意をしていなさい。思いがけない時に人の子が来るからである。
 24:45 主人がその家の僕たちの上に立てて、時に応じて食物をそなえさせる忠実な思慮深い僕は、いったい、だれであろう。
 24:46 主人が帰ってきたとき、そのようにつとめているのを見られる僕は、さいわいである。
 24:47 よく言っておくが、主人は彼を立てて自分の全財産を管理させるであろう。
 24:48 もしそれが悪い僕であって、自分の主人は帰りがおそいと心の中で思い、
 24:49 その僕仲間をたたきはじめ、また酒飲み仲間と一緒に食べたり飲んだりしているなら、
 24:50 その僕の主人は思いがけない日、気がつかない時に帰ってきて、
 24:51 彼を厳罰に処し、偽善者たちと同じ目にあわせるであろう。彼はそこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう。</blockquote>
 
弟子たちが、ひそかにみもとにきて言った、「どうぞお話しください。いつ、そんなことが起るのでしょうか。あなたがまたおいでになる時や、世の終りには、どんな前兆がありますか」。と聞いています。それに対しての答えが語られていますが、その中の一つが、
「また不法がはびこるので、多くの人の愛が冷えるであろう。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。」と答えられています。
今、まさに愛が冷えている時です。それに気付いているでしょうか。
一般的に人間が冷たくなった。愛情がない。という意味だけにとらわれていると、
終わりの時に愛が冷えている事に気付きにくいかもしれません。
聖書は主を信じるものに対して書かれているのですから。
 
<blockquote>二ヨハ
 1:6 父の戒めどおりに歩くことが、すなわち、愛であり、あなたがたが初めから聞いてきたとおりに愛のうちを歩くことが、すなわち、戒めなのである。
黙
 2:4 しかし、あなたに対して責むべきことがある。あなたは初めの愛から離れてしまった。
 2:5 そこで、あなたはどこから落ちたかを思い起し、悔い改めて初めのわざを行いなさい。もし、そうしないで悔い改めなければ、わたしはあなたのところにきて、あなたの燭台をその場所から取りのけよう。
 </blockquote>
　愛は冷えてもだめ。離れてもだめですね。主を愛するが故に戒めを守り（御言葉に従い）、そして、主に愛された兄弟姉妹を愛するという実が現れるものが、真実に主を信じる者の実ですね。そのような者は世にも勝利します。
 
<blockquote>一ヨハ
 5:1 すべてイエスのキリストであることを信じる者は、神から生れた者である。すべて生んで下さったかたを愛する者は、そのかたから生れた者をも愛するのである。
 5:2 神を愛してその戒めを行えば、それによってわたしたちは、神の子たちを愛していることを知るのである。
 5:3 神を愛するとは、すなわち、その戒めを守ることである。そして、その戒めはむずかしいものではない。
 5:4 なぜなら、すべて神から生れた者は、世に勝つからである。そして、わたしたちの信仰こそ、世に勝たしめた勝利の力である。
 5:5 世に勝つ者はだれか。イエスを神の子と信じる者ではないか。
 
一ヨハ
 4:6 しかし、わたしたちは神から出たものである。神を知っている者は、わたしたちの言うことを聞き、神から出ない者は、わたしたちの言うことを聞かない。これによって、わたしたちは、真理の霊と迷いの霊との区別を知るのである。
 4:7 愛する者たちよ。わたしたちは互に愛し合おうではないか。愛は、神から出たものなのである。すべて愛する者は、神から生れた者であって、神を知っている。
 4:8 愛さない者は、神を知らない。神は愛である。
 4:9 神はそのひとり子を世につかわし、彼によってわたしたちを生きるようにして下さった。それによって、わたしたちに対する神の愛が明らかにされたのである。
 4:10 わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになった。ここに愛がある。
 4:11 愛する者たちよ。神がこのようにわたしたちを愛して下さったのであるから、わたしたちも互に愛し合うべきである。
 
一ヨハ
 3:10 神の子と悪魔の子との区別は、これによって明らかである。すなわち、すべて義を行わない者は、神から出た者ではない。兄弟を愛さない者も、同様である。
 </blockquote>
実によってわかりますね。
これらの御言葉が成就しつつある今、聡いものは今がどのような時かを聖霊様によって感じているでしょう。霊も紛らわしい時代ですが、主にあるものは御言葉通りの実を伴いますから、御言葉に忠実にしたがって歩んでいれば霊を見分ける力も与えられています。
また、愛を与えられますので、主を愛し、御言葉に従い歩んでゆく力が与えられます。
どちらに属しているのかがはっきりする時です。
今を例えるなら、試験で言うなら最後の見直しをする時間だと思ってください。
 
「だから、あなたがたも用意をしていなさい。思いがけない時に人の子が来るからである。」

 ]]>
      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>アモスの預言と５つの幻</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.637200.net/2012/01/post_165.html" />
   <id>tag:www.637200.net,2012://5.22121</id>
   
   <published>2012-01-30T17:17:48Z</published>
   <updated>2012-01-30T19:18:38Z</updated>
   
   <summary>アモス（Amos）は「重荷を負う者」の意味。紀元前8世紀の北イスラエル王国の預言...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
      <category term="鹿男のメッセージ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.637200.net/">
      <![CDATA[アモス（Amos）は「重荷を負う者」の意味。紀元前8世紀の北イスラエル王国の預言者であり、南ユダ王国のテコア出身である。

第一の幻
<blockquote>アモス7:1主なる神はこのようにわたしに示された。見よ、二番草のはえ出る初めに主は、いなごを造られた。見よ、その二番草は王の刈った後に、はえたものである。 7:2そのいなごが地の青草を食い尽した時、わたしは言った、
「主なる神よ、どうぞ、ゆるしてください。
ヤコブは小さい者です、
どうして立つことができましょう」。
7:3主はこのことについて思いかえされ、
「このことは起さない」と主は言われた。


黙　太陽も空気も暗くなった。 9:3その煙の中から、いなごが地上に出てきたが、地のさそりが持っているような力が、彼らに与えられた。 9:4彼らは、地の草やすべての青草、またすべての木をそこなってはならないが、額に神の印がない人たちには害を加えてもよいと、言い渡された。</blockquote>

</blockquote>

黙示録にイナゴが出てきますから　北イスラエル王国の滅亡の時は思いとどまられましたが
黙示録　最後のときには　成就するかもしれません。

第二の幻
<blockquote>7:4主なる神はこのようにわたしに示された。見よ、主なる神はさばきのために火を呼ばれた。<strong>火は大淵を焼き、また地を焼こうとした。 </strong>7:5その時わたしは言った、
「主なる神よ、どうぞ、やめてください。
ヤコブは小さい者です、
どうして立つことができましょう」。
7:6主はこのことについて思いかえされ

<blockquote>黙9:3その煙の中から、いなごが地上に出てきたが、地のさそりが持っているような力が、彼らに与えられた。彼らは、地の草やすべての青草、またすべての木をそこなってはならないが、額に神の印がない人たちには害を加えてもよいと、言い渡された。 </blockquote>9:5彼らは、人間を殺すことはしないで、五か月のあいだ苦しめることだけが許された。彼らの与える苦痛は、人がさそりにさされる時のような苦痛であった。 9:6その時には、人々は死を求めても与えられず、死にたいと願っても、死は逃げて行くのである。


</blockquote>
 
ここでも主はこのことについて思いかえされていますがここでの　大淵は領土　と　言う意味なのですが　北イスラエルの領土　今であれば教会の　領域と言うような意味です

新約では　畑にいるものは　山に逃げよと　ありますように　最後の時では　焼き尽くされるかもしれません。畑は教会の領域で種をまき育てるところだからです。いばらしか実らなかったら　焼かれる顔知れません

第三の幻
<blockquote>7:7また主はわたしに示された。見よ、<strong>主は測りなわをもって</strong>築いた石がきの上に立ち、その手に測りなわをもっておられた。 7:8そして主はわたしに言われた、「アモスよ、あなたは何を見るか」。「測りなわ」とわたしが答えると、主はまた言われた、
「見よ、わたしは測りなわを
わが民イスラエルの中に置く。
わたしはもはや彼らを見過しにしない。
7:9イサクの高き所は荒され、
イスラエルの聖所は荒れはてる。
わたしはつるぎをもってヤラベアムの家に立ち向かう」。

黙11:1それから、<strong>わたしはつえのような測りざおを与えられて、こう命じられた</strong>、「さあ立って、神の聖所と祭壇と、そこで礼拝している人々とを、測りなさい。 11:2聖所の外の庭はそのままにしておきなさい。それを測ってはならない。そこは異邦人に与えられた所だから。彼らは、四十二か月の間この聖なる都を踏みにじるであろう

</blockquote>

ここでは　測り縄　(下げ振り線，重錘線，錘線)ですから　何がまっすぐなのか　測られようとしておられる　つまり　基準を　立て　裁く　と言われているのではないでしょうか。

第四の幻
<blockquote>8:1主なる神は、このようにわたしに示された。見よ、ひとかごの夏のくだものがある。 8:2主は言われた、「アモスよ、あなたは何を見るか」。わたしは「ひとかごの夏のくだもの」と答えた。すると主はわたしに言われた、
「わが民イスラエルの終りがきた。
わたしは再び彼らを見過しにしない。
8:3その日には宮の歌は嘆きに変り、
しかばねがおびただしく、
人々は無言でこれを至る所に投げ捨てる」と
主なる神は言われる。
8:4あなたがた、貧しい者を踏みつけ、
また国の乏しい者を滅ぼす者よ、
これを聞け。
8:5あなたがたは言う、
「新月はいつ過ぎ去るだろう、
そうしたら、われわれは穀物を売ろう。
安息日はいつ過ぎ去るだろう、
そうしたら、われわれは麦を売り出そう。
われわれはエパを小さくし、シケルを大きくし、
偽りのはかりをもって欺き、
8:6乏しい者を金で買い、
貧しい者をくつ一足で買いとり、
また、くず麦を売ろう」。
8:7主はヤコブの誇をさして誓われた、
「わたしは必ず彼らのすべてのわざを
いつまでも忘れない。
8:8これがために地は震わないであろうか。
地に住む者はみな嘆かないであろうか。
地はみなナイル川のようにわきあがり、
エジプトのナイル川のようにみなぎって、また沈まないであろうか」。
<strong>8:9主なる神は言われる、
「その日には、
わたしは真昼に太陽を沈ませ、
白昼に地を暗くし、</strong>
8:10あなたがたの祭を嘆きに変らせ、
あなたがたの歌をことごとく悲しみの歌に変らせ、
すべての人に荒布を腰にまとわせ、
すべての人に髪をそり落させ、
その日を、ひとり子を失った喪中のようにし、
その終りを、苦い日のようにする」。

6:12小羊が第六の封印を解いた時、わたしが見ていると、大地震が起って、<strong>太陽は毛織の荒布のように黒くなり、月は全面、血のようになり、 6:13天の星は、いちじくのまだ青い実が大風に揺られて振り落されるように、地に落ちた</strong>

</blockquote>
この箇所も恐ろしいですが　ここも黙示録に同じ事が書かれています。

第五の幻

<blockquote>アモス9:1わたしは祭壇のかたわらに立っておられる主を見た。
主は言われた、
「柱の頭を打って、敷居を震わせ、
これを打ち砕いて、
すべての民の頭の上に落ちかからせよ。
その残った者を、わたしはつるぎで殺し、
そのひとりも逃げおおす者はなく、
のがれうる者はない。
9:2たとい彼らは陰府に掘り下っても、
わたしの手はこれをそこから引き出す。
<em>たとい彼らは天によじのぼっても、
わたしはそこからこれを引きおろす</em>。
9:3たとい彼らはカルメルの頂に隠れても、
わたしはこれを捜して、そこから引き出す。
たとい彼らはわたしの目をのがれて、
海の底に隠れても、
わたしはへびに命じて、その所でこれをかませる。


1:4たといあなたは、わしのように高くあがり、
<blockquote>星の間に巣を設けても、
わたしはそこからあなたを引きおろすと</blockquote>
主は言われる。

</blockquote>
天に昇っても引きおろす　と言われています　。　主の道からそれたものは　天　神の領域　神の民の住むところ　から　引きおろされるのです。主の大変な怒り　であることが　わかります。

救いがあるから　大丈夫と思うのはどうでしょうか？

御言葉を軽んじてはなりません　愚かなものとして　聖書では　どうかかれているのか　読めば気づき

ます　又それで大丈夫かどうかは　私たちが決めるものでもなく　主がお決めになるからです。



<blockquote>主なる神は言われる。
8:4あなたがた、
貧しい者を踏みつけ、また国の乏しい者　　　　　　　　　　　　　　　←御言葉を良く知らない人たち
を滅ぼす者よ、
これを聞け。
8:5あなたがたは言う、
「新月はいつ過ぎ去るだろう、
そうしたら、われわれは穀物を売ろう。　　　　　　　←穀物　は　糧　御言葉のこと
安息日はいつ過ぎ去るだろう、
そうしたら、われわれは麦を売り出そう。　　　　　　←麦　も　糧　御言葉のこと
われわれはエパを小さくし、シケルを大きくし、
偽りのはかりをもって欺き、　　　　　　　　　　　←御言葉を偽ること　高値で　御言葉　神の言葉を売る

8:6乏しい者を金で買い、
貧しい者をくつ一足で買いとり、　　　←靴を履くと地　この世と分離される贖いだと言い買い取られる
また、くず麦を売ろう」。　　　　　　←生きる糧ではない　うその御言葉を　売りつける
</blockquote>

みなさん　誰の　事か　良く考えてみれば　わかるはずです。

















　









]]>
      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>求めよ、そうすれば、与えられるであろう</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.637200.net/2012/01/post_164.html" />
   <id>tag:www.637200.net,2012://5.22120</id>
   
   <published>2012-01-23T11:02:14Z</published>
   <updated>2012-01-23T11:10:10Z</updated>
   
   <summary>聖書　ヨハネ15章   ヨハ  15:1 わたしはまことのぶどうの木、わたしの父...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
      <category term="麗鳴(うらなり)　さんの　メッセージ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.637200.net/">
      <![CDATA[聖書　ヨハネ15章
 
<blockquote>ヨハ
 15:1 わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。
 15:2 わたしにつながっている枝で実を結ばないものは、父がすべてこれをとりのぞき、実を結ぶものは、もっと豊かに実らせるために、手入れしてこれをきれいになさるのである。
 15:3 あなたがたは、わたしが語った言葉によって既にきよくされている。
 15:4 わたしにつながっていなさい。そうすれば、わたしはあなたがたとつながっていよう。枝がぶどうの木につながっていなければ、自分だけでは実を結ぶことができないように、あなたがたもわたしにつながっていなければ実を結ぶことができない。
 15:5 わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである。
 15:6 人がわたしにつながっていないならば、枝のように外に投げすてられて枯れる。人々はそれをかき集め、火に投げ入れて、焼いてしまうのである。
 15:7 あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたにとどまっているならば、なんでも望むものを求めるがよい。そうすれば、与えられるであろう。
 15:8 あなたがたが実を豊かに結び、そしてわたしの弟子となるならば、それによって、わたしの父は栄光をお受けになるであろう。
 15:9 父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛したのである。わたしの愛のうちにいなさい。
 15:10 もしわたしのいましめを守るならば、あなたがたはわたしの愛のうちにおるのである。それはわたしがわたしの父のいましめを守ったので、その愛のうちにおるのと同じである。
 15:11 わたしがこれらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたのうちにも宿るため、また、あなたがたの喜びが満ちあふれるためである。
 15:12 わたしのいましめは、これである。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互に愛し合いなさい。
 15:13 人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない。
 15:14 あなたがたにわたしが命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。
 15:15 わたしはもう、あなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人のしていることを知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼んだ。わたしの父から聞いたことを皆、あなたがたに知らせたからである。
 15:16 あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだのである。そして、あなたがたを立てた。それは、あなたがたが行って実をむすび、その実がいつまでも残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものはなんでも、父が与えて下さるためである。
 15:17 これらのことを命じるのは、あなたがたが互に愛し合うためである。
 15:18 もしこの世があなたがたを憎むならば、あなたがたよりも先にわたしを憎んだことを、知っておくがよい。
 15:19 もしあなたがたがこの世から出たものであったなら、この世は、あなたがたを自分のものとして愛したであろう。しかし、あなたがたはこの世のものではない。かえって、わたしがあなたがたをこの世から選び出したのである。だから、この世はあなたがたを憎むのである。
 15:20 わたしがあなたがたに『僕はその主人にまさるものではない』と言ったことを、おぼえていなさい。もし人々がわたしを迫害したなら、あなたがたをも迫害するであろう。また、もし彼らがわたしの言葉を守っていたなら、あなたがたの言葉をも守るであろう。
 15:21 彼らはわたしの名のゆえに、あなたがたに対してすべてそれらのことをするであろう。それは、わたしをつかわされたかたを彼らが知らないからである。
 15:22 もしわたしがきて彼らに語らなかったならば、彼らは罪を犯さないですんだであろう。しかし今となっては、彼らには、その罪について言いのがれる道がない。
 15:23 わたしを憎む者は、わたしの父をも憎む。
 15:24 もし、ほかのだれもがしなかったようなわざを、わたしが彼らの間でしなかったならば、彼らは罪を犯さないですんだであろう。しかし事実、彼らはわたしとわたしの父とを見て、憎んだのである。
 15:25 それは、『彼らは理由なしにわたしを憎んだ』と書いてある彼らの律法の言葉が成就するためである。
 15:26 わたしが父のみもとからあなたがたにつかわそうとしている助け主、すなわち、父のみもとから来る真理の御霊が下る時、それはわたしについてあかしをするであろう。
 15:27 あなたがたも、初めからわたしと一緒にいたのであるから、あかしをするのである。</blockquote>
 
「求めよ、そうすれば、与えられるであろう」この御言葉を最近は未信者でさえも都合よく用いたりしますが、神は人間の欲望を満たす為にこの様な聖句を与えたのでしょうか。
もちろん違います。本文の7節から読んでみましょう。
<blockquote>
15:7 あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたにとどまっているならば、なんでも望むものを求めるがよい。そうすれば、与えられるであろう。
 15:8 あなたがたが実を豊かに結び、そしてわたしの弟子となるならば、それによって、わたしの父は栄光をお受けになるであろう。
 15:9 父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛したのである。わたしの愛のうちにいなさい。
 15:10 もしわたしのいましめを守るならば、あなたがたはわたしの愛のうちにおるのである。それはわたしがわたしの父のいましめを守ったので、その愛のうちにおるのと同じである。</blockquote>
 
主から与えられるものと悪しきものから与えられるものとでは全く違います。
神からのものは永遠の命に至りますが、悪しき者からのものは一時的には良く見えても滅びに至らせるものです。ですから悪しきものに跪く代わりに地位、名声、物質を手に入れる人は大勢いるのです。世のもので満足するならそれで良いでしょう。今は良くても確実に滅びが待っています。
しかし、主を信じるものは、主につながり、主（御言葉）に従い、主に求めるのです。
また、主はこのように語られましたよ。
「ただ、御国を求めなさい。そうすれば、これらのものは添えて与えられるであろう。」
　今みなさんは何を主に祈りますか。主はこの様に祈れとおっしゃっています。
<blockquote>ルカ
11:1 また、イエスはある所で祈っておられたが、それが終ったとき、弟子のひとりが言った、「主よ、ヨハネがその弟子たちに教えたように、わたしたちにも祈ることを教えてください」。
 11:2 そこで彼らに言われた、「祈るときには、こう言いなさい、『父よ、御名があがめられますように。御国がきますように。
 11:3 わたしたちの日ごとの食物を、日々お与えください。
 11:4 わたしたちに負債のある者を皆ゆるしますから、わたしたちの罪をもおゆるしください。わたしたちを試みに会わせないでください』」。</blockquote>
 
主は求めることの重要さを何度も語っていらっしゃいますが、それは我々人間がどれだけ愚かであるかを主は御存じなのです。
主イエスを信じれば救われます。しかし軽く考え、好き放題に御言葉に従わずに生きている人はこの聖句を誤解しているのです。救いは軽いものではありません。与えられたものを手放してはならないのです。
日々主を求めていますか。なんだか信仰が昔よりぬるくなったなというなら大変な事です。
主を信じたなら、御言葉に日々従うなら、主を知れば知る程ますます主を求めるでしょう。
そして、本当に大事なものが日々与えられている事に気付くはずです。
 
<blockquote>ルカ
 11:9 そこでわたしはあなたがたに言う。求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。
 11:10 すべて求める者は得、捜す者は見いだし、門をたたく者はあけてもらえるからである。
 11:11 あなたがたのうちで、父であるものは、その子が魚を求めるのに、魚の代りにへびを与えるだろうか。
 11:12 卵を求めるのに、さそりを与えるだろうか。
 11:13 このように、あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には、良い贈り物をすることを知っているとすれば、天の父はなおさら、求めて来る者に聖霊を下さらないことがあろうか」。</blockquote>
 
最近は様々な事があって不安なことも多いかと思いますが、主に信頼してください。
主につながり、御言葉に留まるものを神は放っておかれません。
 
<blockquote>マタ
 6:31 だから、何を食べようか、何を飲もうか、あるいは何を着ようかと言って思いわずらうな。
 6:32 これらのものはみな、異邦人が切に求めているものである。あなたがたの天の父は、これらのものが、ことごとくあなたがたに必要であることをご存じである。
 6:33 まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。</blockquote>
 
しかし、主を信じる者にも様々な人がいます。以下の御言葉が該当するならば、悔い改め、主にただ従って歩まなければなりません。特に「世を友とする誘惑」に負けてはいけません。知らずに陥るならもっと危険です。祈って目を覚ましていましょう。
主は滅びではなく救われる事を望んでいらっしゃるのですから。
 
<blockquote>ヤコブ
4:2 あなたがたは、むさぼるが得られない。そこで人殺しをする。熱望するが手に入れることができない。そこで争い戦う。あなたがたは、求めないから得られないのだ。
 4:3 求めても与えられないのは、快楽のために使おうとして、悪い求め方をするからだ。
 4:4 不貞のやからよ。世を友とするのは、神への敵対であることを、知らないか。おおよそ世の友となろうと思う者は、自らを神の敵とするのである。
 4:5 それとも、「神は、わたしたちの内に住まわせた霊を、ねたむほどに愛しておられる」と聖書に書いてあるのは、むなしい言葉だと思うのか。
 4:6 しかし神は、いや増しに恵みを賜う。であるから、「神は高ぶる者をしりぞけ、へりくだる者に恵みを賜う」とある。
 4:7 そういうわけだから、神に従いなさい。そして、悪魔に立ちむかいなさい。そうすれば、彼はあなたがたから逃げ去るであろう。
4:8 神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいて下さるであろう。罪人どもよ、手をきよめよ。二心の者どもよ、心を清くせよ。</blockquote>]]>
      
   </content>
</entry>

</feed>

