黙 22:1 御使はまた、水晶のように輝いているいのちの水の川をわたしに見せてくれた。この川は、神と小羊との御座から出て、 22:2 都の大通りの中央を流れている。川の両側にはいのちの木があって、十二種の実を結び、その実は毎月みのり、その木の葉は諸国民をいやす
詩
1:2 このような人は主のおきてをよろこび、昼も夜もそのおきてを思う。
1:3 このような人は流れのほとりに植えられた木の/時が来ると実を結び、その葉もしぼまないように、そのなすところは皆栄える。
勝利者とは 昼も夜も その おきて (神の言葉)を思い 絶えず神の霊(川や流れ) に満たされ
枯れることなく 実を結ぶ それも 12種類 (神の民 義)の実を 結ぶ
黙示録 の 節 と 詩篇の節は かなり 関係が 深そうです。
簡単ですが 毎日聖書を読み それを 繰り返し 反芻 することに より 実を 結ぶ と 言っています。
多少信仰経験が必要かもしれませんが
日常生活をしていると 世の煩わしさに 悩まされ あれこれ 解決方法を 模索しますが
実を結ぶのは この方法 しかありません。
今までの経験で過去 において 解決方法を考えたり ビジネスセミナーなどの対策など しましたが
一過性のもので さほど 実を結ぶと言うことは ありませんでした。
実ったとしても 食するに値しない この世の 実 でしかありません
主の祈り には 今日の糧を 与えたまえ しかありません
後は全自動なのです
いままで この様な 御言葉
神の義を 求めなさい そうすれば必要なものは与えられるでしょう
というような 御言葉は 何度聞いても この世の方策であったりしました
しかしながら 今回 確信に至りました 信仰を強く持つことです。
あらゆる問題にも すでに 解決策が 用意 されています。
何事にも わずらっては いけません。
貴方が 神の義に立つなら
煩いごとは たいてい こけおどし です。
一見雰囲気が悪いだけで チンピラの様に 見た目が恐ろしいだけで 中身は空です
教会などでも 何人の 信徒が与えられますように とか 目標を 何人にしろとか
献金を いくら 集めてこい とか この様な祈りをする 人たちは
義の道から 離れている から 尚いっそう 求めるのでしょう
その様な 人は 二心だからです。
毎日必死で祈り 教会を立てあげてこんなに 立派になりました などという 者は
良く吟味しなければ この世の ものであり 神のものでは ないかも しれません
まさに二心です。
何時間もこの様な 事をくどくど 祈るのは 異邦人のすること である と 聖書は言っています。
又会堂で いのるな 部屋に入り戸を閉めて祈れと 聖書は言っています。
どうでしょうか 思い当たりませんか
教会に 集まり 自分たちの 事を 成就させようと 何時間も 会堂にあつまり 祈っていませんか?
まさに 聖書と反対のことを やっている ことに 気がつくべきでは ないでしょうか?
私たちは 必要のために 使わされていますから その様にしていれば
必ず 実を結びます 忍耐が必要なだけではないでしょうか 待ちましょう。
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