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3:1 さて、ペテロとヨハネとが、午後三時の祈のときに宮に上ろうとしていると、 3:2 生れながら足のきかない男が、かかえられてきた。この男は、宮もうでに来る人々に施しをこうため、毎日、「美しの門」と呼ばれる宮の門のところに、置かれていた者である。 3:3 彼は、ペテロとヨハネとが、宮にはいって行こうとしているのを見て、施しをこうた。 3:4 ペテロとヨハネとは彼をじっと見て、「わたしたちを見なさい」と言った。 3:5 彼は何かもらえるのだろうと期待して、ふたりに注目していると、 3:6 ペテロが言った、「金銀はわたしには無い。しかし、わたしにあるものをあげよう。ナザレ人イエス・キリストの名によって歩きなさい」。 3:7 こう言って彼の右手を取って起してやると、足と、くるぶしとが、立ちどころに強くなって、 3:8 踊りあがって立ち、歩き出した。そして、歩き回ったり踊ったりして神をさんびしながら、彼らと共に宮にはいって行った。
3:2 生れながら足のきかない男が、かかえられてきた。
ここは 罪を表します 罪のある人が連れてこられたということです
3:3 彼は、ペテロとヨハネとが、宮にはいって行こうとしているのを見て、施しをこうた。
彼は生活の糧 金銀 今で言うお金 経済的なこと の施しを受けようと期待した
3:6 ペテロが言った、「金銀はわたしには無い。しかし、わたしにあるものをあげよう。ナザレ人イエス・キリストの名によって歩きなさい」。
ペテロが与えたのは金ではなく キリストの祝福だったのです
3:8 踊りあがって立ち、歩き出した。そして、歩き回ったり踊ったりして神をさんびしながら、彼らと共に宮にはいって行った
ここで 注目すべきは彼らと共に宮にはいって行った です
何を聖書が言っているかというと 罪のある人が金が自分の惨めさを解決してくれる手段だと思っていましたが ペテロに キリストを伝えられ それにより 罪が許され 癒され今まで宮の入り口 門のところ まで きていたつまり 救いの 間近までにいたが求める事のポイントがずれていて 祝福に預かれなかった人が
キリストという真実の方の信じることにより 神の宮に入ることが出来るようになった ということです
今は大不況時代です 会社が倒産したり 株の下落などで 財産をなくしてしまったり 明日の解らぬ身で どうしようと不安でなりません
しかし 聖書は 真実なイエスキリストというお方を求めなければ 問題は解決しないといっています。つまり経済的な事が解決したとしても 次次 問題が 持ち上がり 幸福には なれない といっているのです
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